2014年6月3日火曜日

「「いき」の構造 他二篇」 九鬼周造 1979 ★★★★★

建築の世界でも必ず必読書としてあがるこの一冊。

「いき」という現象はいかなる構造をもっているか?
それは普遍性を備えたものであろうか?

という疑問に対する深い考察を展開する普遍性を持った一冊である。
様々な角度から「いき」を展開していくので、章によって言葉遣いや、身体的表現、色や模様など「こんなところにも「いき」が隠れていたのか」と笑いを感じながら読み進めることになる。個別で展開される「いき」を纏めてみると下記の様になる。

・「媚態的」であること
・自然的表現、芸術的表現との二つに区別される
・言い振りに表れる
・姿勢を軽く崩すこと
・「いき」な姿は細っそりしていなくてはならぬ
・額面の表情が「いき」になるためには、眼と口と頬とに弛緩と緊張とを要する
・異性への運動を示すために、眼の平衡を破って常識を崩すこと
・横縞よりも縦縞の方が「いき」である
・格子縞はその細長さによってしばしば碁盤縞より「いき」である
・「いき」を現すには無関心性、無目的性が視覚上にあらわれていなければならぬ
・「いき」のうちの「諦め」を色彩として表せば灰色ほど適切なものはほかにない
・褐色すなわち茶色ほど、「いき」として好まれる色はない
・緑、青など同化作用の色のほうが「いき」である
・「いき」な色とはいわば華やかな体験に伴う消極的残像である。「いき」は過去を擁して未来に生きている

「いき」であることは「媚態的」であること。建築においても時代と国を超えて人々に受け入れられるものである為には、必ず「媚態的」であることが必要である。それは時に「色気がある」とか、「セクシーな」と表現されたりするが、知的生物である人間が普遍的に持っている感性を刺激するという意味ではそれらは「媚態的」であるということば、つまり「いき」であることに収束していくのだろう。

長旅の疲れで少々早めに宿に戻り、窓の外から聞こえてくるアドリア海の波の音を聴きながら読むにはこれほど適した本は他に無いと思いつつ、この街のあちこちに残る、時代を超えて愛されている建築達は、どこかしら「媚態的」である部分が隠されているに違いなく、それをこの滞在期間中に少しでも自らの身体に取り込むように時間を過ごそうと思いながらページを閉じることにする。

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■目次  
1 序説
2 「いき」の内包的構造
3 「いき」の外延的構造
4 「いき」の自然的表現
5 「いき」の芸術的表現
6 結論

/風流に関する一考察
/情緒の系図 -歌を手引きとしてー
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1 序説
「媚態的」
ベルクソン 薔薇の匂い 過去の回想を薔薇の匂いのうちに嗅ぐのであるといっている。
内容を異にした個々の匂いがあるのみである

2 「いき」の内包的構造
第一の微表は異性に対する「媚態」である。
「いきごと」が「いろごと」を意味する
媚態は異性の征服を仮想的目的とし、目的の実現とともに消滅の運命をもったものである。永井荷風が「歓楽」のうちで、「得ようとして、得た後の女ほど情けないものは無い」
「いき」の構造は「媚態」と「意気地」と「諦め」の三契機を示している。
「媚態」は、武士道の理想主義に基づく、「意気地」と、仏教の非現実性を背景とする「諦め」とによって、存在完成にまで限定されるのである。
「いき」の色彩はおそらく「遠つ昔の伊達姿、白茶苧袴《しらちゃおばかま》」の白茶色であろう。

3 「いき」の外延的構造
「上品」「派手」「渋味」
うぶな恋も野暮である。不器量な女の厚化粧も野暮である。

4 「いき」の自然的表現
理解さるべき存在様態 自然的表現 芸術的表現との二つに区別
身体的発表としての「いき」の自然形式は、聴覚としてはまず言葉遣い、すなわちものの言い振りに表れる。
全身に関しては、姿勢を軽く崩すことが「いき」の表現である。
うすものを身に纏(まと)う 
湯上り姿 裸体を回想として近接の過去にもち、あっさりした浴衣を無造作に着ているところに、媚態とその形相因とが表現を完(まっと)うしている 
「いき」が霊化された媚態である限り、「いき」な姿は細っそりしていなくてはならぬ
額面の表情が「いき」になるためには、眼と口と頬とに弛緩と緊張とを要する

これら全てに共通するところは、異性への運動を示すために、眼の平衡を破って常識を崩すことである。しかし、単に「色目」だけでは未だ「いき」ではない。「いき」であるためには、なお眼が過去の潤いを想起させるだけの一種の光沢を帯び、眼はかろやかな諦めと凛呼(りんこ)とした張りとを無言のうちに有力に語っていなければならぬ。

着物に包んだ全身に対して、足だけど露出させるのは、確かに媚態の二元性を表している。

5 「いき」の芸術的表現
幾何学的図形としては、平行線ほど二元性を善く表しているものはない。永遠に動きつつ永遠に交わらざる平行線は、二元性の最も純粋なる視覚的客観化である。

横縞よりも縦縞の方が「いき」であるといえる。

重力の関係もあるに相違ない。横縞には重力に抗して静止する地層の意味がある。縦縞には重力とともに落下する小雨や「柳条」の軽味がある。横縞は左右に延びて、場面の幅を広く多く見せ、縦縞は上下に走って場面を細長く見せる。

横縞は場面を広く太く見せるから、肥った女は横嶋の着物を着るに耐えない。
すらりと細い女には横嶋の着物もよく似合うのである。

格子縞はその細長さによってしばしば碁盤縞より「いき」である。

「いき」を現すには無関心性、無目的性が視覚上にあらわれていなければならぬ。放射状の縞は中心点に集まって目的を達してしまっている。それゆえに「いき」とは感ぜられない。

一般に曲線を有する模様は、すっきりした「いき」の表現とはならないのが普通である。

灰色は白から黒に推移する無色感覚の段階である。
色の淡さそのものを表している光景である。「いき」のうちの「諦め」を色彩として表せば灰色ほど適切なものはほかにない。
灰色は江戸時代から深川鼠、銀鼠、藍鼠、漆鼠、紅掛鼠など様々のニュアンスにおいて「いき」な色として貴ばれた

メフィストの言うように「生」に背いた「理論」の色に過ぎないかもしれぬ。
褐色すなわち茶色ほど、「いき」として好まれる色はないであろう。
垢抜けした色気

赤、橙、黄は網膜の暗順応に添おうとしない色である。黒味を帯びてゆく心には失われていく色である。
緑、青、菫(すみれ)は魂の薄明視(はくめいし)に未だ残っている色である。
緑、青など同化作用の色のほうが「いき」であるといい得る。
紺や藍は「いき」であることができる
「いき」な色とはいわば華やかな体験に伴う消極的残像である。「いき」は過去を擁して未来に生きている。
「いき」は色っぽい肯定のうちに黒ずんだ否定を匿(かく)している

建築において、「いき」はいかなる芸術形式を取っているか。茶屋建築

材料上の二元性は木材と竹材との対照 永井荷風「江戸芸術論」
すなわち床の間が「いき」の条件を充たすためには本床であってはならない。蹴込床または敷込床を択ぶべきである。

自然に伴う直線の強度の剛直に対して緩和を示そうとする理由からであろう。
灰色と茶色と青色の一切のニュアンスが「いき」な建築を支配している。

6 結論
メーヌ・ドゥ・ピランは、生来の盲人に色彩の何たるかを説明すべき方法がないと同様に、生来の不随者として自発的動作をしたことのない者に努力の何たる蚊を言語をもって悟らしめる方法は無いといっている。

「趣味」はまず体験として「味わう」ことに始まる「味わう」ことに始まる
「私のすべては貴女の感情でできた」

/風流に関する一考察
芭蕉 「わが門の風流を学ぶやから」
風流とは世俗に対していうことである 社会的日常性における世俗と断つことから出発しなければならぬ

「沂(き)に浴し、舞雩に風して詠(えい)じて帰らん」
水の流れには流れる床の束縛がある 風の流れにはなんらの束縛が無い
世俗的価値の破壊または逆転
風流の基体は離俗という道徳性である

第二の契機を耽美(たんび) 
「流行」の二重性 耽美性
古風、談林風、蕉風
古い型は常に革新されてゆかなければならぬ

風流には道徳的、破壊的離俗性と芸術的・建設的耽美性とが常に円環的に働いてなければならぬ(この両側面の関係が、語学的にも「ミサヲ」と「ミヤビ」との相関

第三の要素 自然 第一の離俗 第二の耽美
風流の想像する芸術は自然に対して極めて密接の関係
俗の中にある風流である

まず「華やかなもの」と「寂びたもの」とがある
「寂び」と「伊達」の二面

宗鑑、談林は「をかしみ」において一茶の先駆
アマテラスに始まった里神楽は鳥羽僧正の鳥獣戯画は「一茶型」の著しい代表
竜安寺の虎子渡の庭
「可笑しいもの」に対して「厳(おごそ)かなもの」

「細いもの」
「しづかさや岩にもしみ入る蝉の声」
尋常ならぬ心の「細み」がある
「寂び」も「伊達」もしばしば相携えて「細み」へ尖鋭化する
疎い(もろ)もの太いものの磊落(らいらく)性
「太いもの」は「蕪村性」
点と線と面と運動に
「太いもの」へ向かうのはいわゆる「幾何学の精神」

三組の対立関係に還元される、「華やかなもの」と「寂びたもの」 「太いもの」と「細いもの」 「厳かなもの」と「可笑しいもの」
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