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所在地 埼玉県大里郡寄居町鉢形
城郭構造 平山城
築城 1476
機能 城郭
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日本100名城
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どうも100名城というと、どうしても天守閣がそびえた立派な風景を想像してしまう。
が、別に現存するのが選定の条件でもなんでもなかったようで、それよりも歴史上の重要性や観光性などを考慮した選定だったようである。そんな訳でこの城も現存せず。
最初はやっぱりちょっとがっかりするが、天守閣は無くても城がどのように奥制されていたのか?それがうっすらとだが確実に分かるように、明らかに人の手によって造成された地形が見えてくる。
それはこの城を造ることに関わった人達がどう考えたか?運送や護衛、防御など城郭に求められた役割をどうやって地形に落とし込んでいったのか?その思考の過程。
その打ち合わせの席にに必ず居たと思われる現代の建築家に当たる人が、何を見て、地形の特性を読み解き、その力を最大化するためにどのような関係性を構築し、どのようなボリュームを立ち上げたか?
自分で好きなだけ、好きな場所を選ぶことができていた人たちが、我々にはすでに見ることも出来なくなった土地のゲニウスロキとどう出会い、どのような会話をしたのか?
お父さんに連れられた城好きそうな小学生が、あちこちに行っては写真を撮っている姿を見ながら、かつてあった風景を重ねようとする。
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