出来るだけ仕事に関する事は、この場では書かないでおこうと心に決めている。もちろんまだ外に出せない事項などがあるから不用意に言葉にするのも憚られるというものもあるのだが、何よりも一度仕事の事を書き出すとどうしても愚痴や忙しいことへの文句など、「グチグチ・・・」と自分のできない事へのへたれっぷりを晒す事になりそうなのが怖いというのと、それが止まることなく加速していくのも怖いという理由から。
そしてもう一つは、オフィスをオフィスをするのは人であり、仕事について書くというのは、どうしても「人」について書く事になってしまう。なので、ある特定のスタッフの個人的評価に繋がってしまうような事が無いようにと気をつけるとどうしても仕事についてかけなくなってしまうという訳である。
しかし、年間330日以上オフィスに居て、一日のほとんどを仕事関係のことを考えながら過ごしていると、どうしても仕事と日常の境目が曖昧化してしまう。
そして建築事務所なんていう「ノウハウ」が伝わりにくい日常を過ごしていると、随分長い年月をかけて「あーでもない、こーでもない」と考えてやってみてはうまくいかず、やり方を変えてみてのトライ・アンド・エラーの末になんとか自分達なりの方法論を見つけていく。
しかしポイントさえ理解していれば、そんな無駄な時間をすっ飛ばし、もっと建築家として大切な事に時間を割けるだろうと毎日思いながら過ごしている身としては、少しでも現在の体験が未来の有望な建築家達の貴重な時間を有効利用するのに役立ってもらえればと思わない訳も無い。
そんなことを考えると、やはり少しだけでも「建築家の仕事」についてなんらか記録を残しておく事がベターだと自分を納得させることにして、日常を吐露する言い訳として使用する。
50人を超える所帯となり、10カ国を超える多国籍のスタッフを抱え、国内外でプロジェクトを進めるようになると、幸いな事に沢山のインターン希望の学生や学校を終えたばかりの人材から多くのCVが送られてくるようになる。
自分が学生の時はそんなことを思いもしなかった。どうやって応募していいのか?どうやって建築事務所で経験を積むことができるのか?どうやって建築事務所の門をくぐることができるのか?きっと知り合いやツテがなければいけないのでは・・・。コンペなどで名を馳せてそれが目に止まって声をかけられないといけないのでは?と勝手に想像を膨らませていた。
今の学生は、気軽にHPを見て、「インターン募集を見ました。どこどこ大学の何年生です。添付のCVとポートフォリオ。」
なんとも手軽なものである。かつての自分の気負いっぷりが恥ずかしくなるくらいの軽さ。「カルヴィーノが次のミレニアムに残そうとした「軽さ」もこれと同じものであろうか?」と首を傾げたくなるほどである。
月曜の朝。アウトルックに入れてある個人とは別のHRのアカウントのを開くと、黒く未読になっている膨大な数のメール。特に今週は建築系のサイトに募集を掲載した事もあり、いつもの倍ほどのメールが届いている様子。げんなりしながらも、お茶を用意し先週チェックしたところまで遡って一つ一つ開けていく。
どうチェックするかというと、まずざっと文面に目を通す。細かく追っている時間は無いので、添付されているCVを開きまずはどこの国、どこの大学、大学院かどうか、何年生なのか、どんなソフトウェアが使えるか、インターンとして建築の実務の経験があるか、どこのオフィスでインターンをしたか等々を理解する。
その後別途添付されているポートフォリオを開いて学校やコンペなどに参加して、どのような作品を作っているか。それが個人の作品なのか、それともチームとして誰かと一緒にやった作品なのかを見て、実際にCVで書かれている事と照らし合わせながら、応募者が何ができるのか?を見て取っていく。
年間軽く1000以上ものポートフォリオを見て、その中から何人かは実際にオフィスに来て一緒に仕事するようになると、ポートフォリオの中から、図面の描き方、レイアウトなどからどれくらい建築的理解度があり、どれくらい美的センスをもった設計能力があるのかくらいは分かるようになる。
同時に、どこかの雑誌に載っているような派手なパースだけ載せていてもまったく建築として成り立ってないものもあれば、自分達が学生だった時代の様に、手描きの図面に模型写真という古風なポートフォリオもあったりする。
「これは」と思う応募者は再度CVに戻ってチェックをし、よさげだなと思えばHRの担当者にチェック済みで選択済みと転送する。その後は担当者が人数などを調整しながら、各応募者にコンタクトをとり調整をする手はずとなっている。
この選択する時に注意することは、以下の項目。
男女比
国籍比
CADなのか3Dなのか得意な分野のバランス
中国人の比率
常に10人以上のインターンがオフィスに在籍するようなスケジュール
国籍別のバランスをとる目的は、グローバル化を果たした建築世界において、世界中様々なところで行われるコンペティションはより良いプロジェクトを得るための大切な機会。ほとんどのページが英語表記されているといっても、どうしてもその地に出身の人物で、その地の事情を知るもので無いとそれが良い機会が否かは中々判断が出来ないし、その地出身のものがオフィスにいないと、そもそもそういう情報をキャッチするアンテナを持たないことになる。
なのでオフィスとしてはできるだけマルチ国籍のチームをオフィス内に持ち、母国語でなければ知りえないコンペ情報などをできるだけインターンに拾ってもらう。情報が網に引っかかるようなシステムをオフィス内に持ち、各インターンはそれぞれの国、もしくは地域でこれはというコンペがあればオフィスに知らせるように」と言っている。
それでなければ、このグローバル化した世界といえども、グローカルの情報はやはりローカルを取り込んでいかないと視界に入ってこない
が、これはなかなか徹底しなくて、結局は長く付き合っているコンサルタントや外部の人から情報を聞いたりしてコンペに応募する事が多いのだが、システムが機能するまでは時間がかかると少し見守っている状況である。
それとは別のこうして様々な国からの応募を見ていると、色々な事が見えてくる。その一つが各国の建築水準。そしてその国でどこの大学が良い建築教育をしているか。そしてなんといっても各国の経済状況と若者がその国の未来に何を見ているか。
最近の傾向としては応募者の内訳は圧倒的に、イタリア、スペイン、ポルトガルとなっている。普通に選んでいたらイタリア人、スペイン人、ポルトガル人ばかりになってしまうが、その中でも作品のレベルが高いのはイタリア人であり、それぞれの国でどういう建築教育がなされているのかが良く分かる。そうして選んでいくとオフィスにイタリア人ばかりになるのも困るので、その中でもバランスをとりながら選択することになる。
その他にも中国各地はもちろんアルゼンチン、インド、イラン、レバノン、ロシア、アメリカ、バングラディッシュ、エジプトなど様々な国から届き、やっている事もやはり国柄が出ると言うか、水準がバラバラなのを新鮮に見ていくことになる。
しかし、100以上のメールをこのようにしてチェックするというのはかなり体力と集中力を使う事だけでなく、同時に貴重な時間を消費してしまう。なので、HR担当者に上記のポイントを伝え、最初のセレクションは自分がやらなくても、世界の建築大学のレベルが大体分かり、CVの見方が分かっているフルタイムのスタッフに、セレクションのバランスとポイントを理解させてフィルタリングさせる。そのフィルターをくぐってきたものを最終的にこちらが目を通して最終の選択をするようにする。
それがHR担当者と自分の時間のロスを少なくしてくれるはずである。何の為に行い、どういう意図の元、どうすれば一番効率的に行えるか。それを常に考えていかないと、現代社会で生きているとあっという間に高齢者へとなってしまう。フィルタリングとセレクション。その違いに思いを馳せながら、来週は1時間ほどで終わる事を願って通常業務へと戻っていくことにする。
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