2013年3月19日火曜日

「天の方舟 上・下」 服部真澄 2011 ★★



なんの不自由も感じることなく育ってきている現代日本人。ふとしたことで海外に目を向けると、今日一日を生き抜くことすら自分の意思ではどうにもならない人々が沢山いることに気づき、そして悩み、自分でも何かできることがあるのでは?と行き着く先が「国際協力」の分野。日本という枠を飛び出して、世界を舞台に活躍し、なおかつ行く先々の人の為になる仕事を行う。

20代から海外で過ごす時間が長かったために、開発コンサルタントやJICAなど「国際貢献」「国際協力」「国際援助」の分野で仕事をしている友人と知り合う機会にも恵まれたが、そのほとんどの人が教養も高く、人の為に何かできないかと想いを馳せる気持ちの優しい人たちばかり。

そんな人たちを接する上で、少なくとも知っておかなければいけないこともあるだろうとかつて読んだ「ODA 援助の現実」 。その中で示されていたODAが本質的にもってしまう問題点。

友人達もこんな世界を垣間見ていたのか・・・と思わずにいられなくなる内容で、それともそんな世界も95%は、真面目で真摯な人たちで構成されているのだろうと勝手な想像を膨らませずにいられなくなる一冊。

今も中国で地方政府がクライアントの大きな公共建築の仕事を進めているが、関係してくる会社は世界一大きなカーテン・ウォールの会社だったり、様々なコンサルタントだったりする。ひょっとしたら、ここでも自分からは見えないところで、バッド・マネーの濁流が流れているのだろうか?などと想像してしまうことになる。

「国際協力」や「国際貢献」という理想を持って飛び込んだコンサルタントの世界。そして次第に見えてくるシビアな世界の姿。理想だけと貫くだけでは現実の世界で前に進めないと理解し始め、そんな中で耳にする言葉は、

「金はいくらでも抜ける。簡単に億単位の金が沸いて出てくるんだ。」

数字に残らない裏金が存在し、いくら頼まれて、いくら渡されたのか双方に分からない状況の架け橋として自分が存在していれば、ついつい聞こえてきそうな悪魔のささやき。誰も責めないし、誰も傷つけない。そんな中で、「ちょっとだけ・・・」と金を抜き、「これも貧しい国の人々の為になっているんだ」と自分の心を納得させる。次第にそれが当たり前になり、心が求める額が大きくなる速度に応えるために、更に大きな額を扱う場所に自らをおき、そこで力をつけていく。

「理想」と「現実」に苦しむ20代。

「現実」に上手く心を順応させる程、経済的な豊かさがついてくる。その豊かさはその他の様々な豊かさを伴ってやってきて、次第に人格すら変容していく。今まで経験してきたように、経済的な辛さがどうしても心を小さくすることを知っていればいるほど、それが人間としての余裕を無くすのを知っていればいるほど、悪魔のささやきに自分の心を傾けるのはいとも簡単になっていく。

「うぬぼれという感覚は、本能的なもので、自分を肯定しなければ人はやっていけない」

なにかを「肯定」することは、他の何かを「否定」することに他ならず、否定するのは、違う時間を過ごしていたらなっていたであろう「自分の姿」かもしれない。

「海外協力」の世界に飛び込んでいく人と同様に、建築の世界に飛び込んでいく人もまた、相当に世界に対してウブであり、夢見がちで、「理想」と「現実」の狭間で苦しむことになる。

その世界の入り口で見聞きした建築家の名前は、それこそ一握りの成功者の例だと頭では理解していても、その他大勢のその世界に生きる人々の生活の姿になかなか目を向けることができずに、30歳あたりまで厳しい生活のなかでやりくりしながら、それでも自らの「建築家」というイメージにがんじがらめになりながら生きていく。

大学同期の友人がちゃんと大企業に就職し、「理想」と「現実」に折り合いをつけながら、結婚や出産など確実に人生を進んでいる姿を脇目にしながら、自らの「理想」と「現実」の狭間に苦しみながら、それでもなかなか進まない自らのキャリアに苛立ちを感じつつ、ままよっと踏み切る独立への道。

理解のあるお施主さんと出会って、メディア飾るようなセンセーショナルな「作品」を発表し、斬新なアイデアでコンペを勝ち取って、大学の講師として学生と建築を語る日々。などというキャリアのイメージからは徐々に偏差していく自らの日常。

「理想」と「現実」に挟まれて、徐々に秤が片方に倒れだし、生きるためにとにかく仕事をこなしていかなければいけない状況になっていき、そのための仕事すらどうして手に入れたらよいのか分からない毎日。

そんな時に、この本に描かれているような状況が目の前にぶら下がっていれば、お金という安心感をいとも簡単に手に入れることができるような状況に置かれていたら、一体どれだけの人間がそれを拒むことができるだろうかと想像する。

生きるために必要な悪。そのインナー・サークルに入れば、その仲間の利益は確保される「談合」。そこで生きる続ける以上、「理想」と折り合いをつけていけば、生きることへの安心感は常の手の中にあるという「現実」。

恐らく、様々な分野で多くの人が多かれ少なかれ同じようなことをして作り上げてきたのが現在の日本であり、きっと数え切れない人がこのような「おいしい」思いをしてきたのだろうと想像させる一冊であり、それにODAというテーマを絡ませるのはやはり著者らしいチョイスだと思わずにいられないが、いかんせん、最後がややあまい感じはぬぐえない。

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