たった1mだけども、その立ち位置が違うと、それから進む道がまったく異なったものになってしまう。
重要なのはその違いを理解していることと、自分の立ち位置を理解すること。
20代。やりたいことや夢を追いかけて、色んな場所に足を運び、色んな人に出会い、色んな挫折を味わいながら学び、次第に自分の能力を研いてゆく。
それと同時に、今まで分からなかったり理解できなかった自分が目指していることが、一体どれだけの知識や経験、能力を必要とするかを理解すること。
やればやるほど、学べば学ぶほど、経験すれば経験するほど、その距離感を実感する。雑誌や本で見ていた憧れていた作品を作るためには、どれほど長い行程を歩いていかなければいけないか。
たった一つの図面を作成するにも、一つの線、一つの曲線、その一つ一つに意味された建材、施工方法、コストなど様々な事柄を理解し、コントロールしつつ、誰かに意図を伝える伝達メディアとして美しい図面を描けること。
社会的存在である建築が、社会の中のルールに従うための法規的要求。その把握とその条件の中でよりよい設計を仕上る能力。
建築家は建てる人ではなく、描く人であるならば、構想したものを如何に建ててくれる人に伝達できるか。そのコミュニケーション能力。
一つ一つの素材が社会で売買される商品としての側面をもつならば、その総体としての建築がどうしても背負ってしまうコストの問題。それを如何に把握し、設計の中でのバランスをとっていくのか。
その中に身をおく時間が長くなればなるほど、自分が知らないこと、できないことの多さに圧倒されつつ、それでもできるのは、一段一段階段を登り、足を前に進め続けるだけである。
その世界に身をおいた時間が少なければ少ないほど、この見えない部分が多くなり、自分の立ち位置も当然つかみづらいものである。それは当然である。
人は皆、目にしたものが世界の全てになってしまう。ということは、自分の立ち位置を相対的に測る到達点までの長さがその行程の全てとなってしまう。その時に、本当に素晴らしいもの、本当に価値のあるもの、世界でもトップのものに触れながら自分の位置を相対化し、その能力を伸ばしていくのが幸せな職能人としての時間の使い方であるだろう。
そうでなく、つまらないものに出会ってその位置を相対化してしまえばしまうほど、簡単に得られる達成感と満足感に酔いしれ、浅はかな能力にも拘らず、自分が一人前だと勘違いすることになる。
そんな訳で、見据える到達点とそこから相対される現在の自分の職能人としての立ち位置について考えをめぐらせる。
その到達点へと辿り着く為には様々な道があるだろう。その道には決して近道などというものは存在しないだろうが、その道のりの困難さは様々である。自分の人生に何を求めるかによってその選ぶ道も違ってくる。楽な道をいくものもいれば、先の見えない厳しい道を選ぶものもいるだろう。
自分自身、設計の能力があまり無いと感じながらそれを受け入れることができず、それとなく流行のものを取り入れつつ、論点をデザインに持ってこないように言葉で濁し、自らのデザイン能力に干渉されることを避けるような緩衝地を設けて世間と接する。
そういう人たちは恐らく本当の意味での自分の意見はないからだろうが、あれやこれやといかにもそこらへんに落ちていそうな言葉を拾い集め、流行の本を読み漁り、必死に理論武装することになる。問題はそこに留まらず、そういう人間が大学などに入り込み、あれやこれやと学生を洗脳するので事態はもっと酷くなる。
本当に良いものを作り続け、本人が何も語らずとも、その建築自体が雄弁に語ってくれる。それが本来あるべき姿であり、それを体験した人々が様々な意味を発見していく。
その自信が無いからこそ、自分を権威の側において何の疑問を受け付けず、「これは評価されるべきものなんですよ」と言わんばかりに世の中に「作品」を発表する。情けないことに、メディアもまたそっち側にべったりなもんで、次々と「いかにも価値のあるもの」として流布されるこれらの作品群。
大きな会社や大きな組織という、日本を支えるシステムの中で自らに対して保障される範囲を大きくとりながら、「世間に対しては社会が変わらないと!」と声を上げながら、自分達はそれでも将来が安泰の年功序列システムが変わることは望まず、その為に職能を磨く時間よりも、そのシステムを安泰させることに心血を注ぐことになる。
そこそこの大学を出て、そこそこの会社に就職し、そこそこの生活を保障される。それが一番安心の時間の過ごし方。その過程でやっぱり人から「凄い」と褒め称える機会があれば、それに越したことは無い。
システムの中に身をおき、システムに守られる。守られ続けることで今度は失うことの恐怖を知る。どんなことがあっても、保障される給料、地位、生活レベル。それが無くなることへの恐怖。
少しだけ立ち位置が違うだけでも、少しだけその線を跨いだところで生きているだけで、何かあった場合には全て自らの責任で生き残っていくことになる。誰も守ってはくれない。大きな病気などしたものなら、あっという間に生活が吹っ飛ぶ。甲冑も着けずに弓矢の飛び交う戦場を駆けるかのように。
その恐怖。そしてその緊張感。
誰もができることなら避けて生きるべきその道。近代国家はその様な不安定な人々をできるだけ少なくすることを目的とし、様々な社会保障を成し遂げてきた。
現行のシステムはその線の向こう側で動いている。良い大学を卒業しても、設計の良し悪しという曖昧模糊な基準で勝負しなくて良い世界。それでいて世間に対して高い地位と大きな保障が得られる官庁へ行くのが一番。
その次は、どれだけやってもデザインというセンスが関わる世界では、その高い学歴だけでは特急切符にはならず、長い下積みと努力をし続けなければいけないということで、デザインで勝負したいと言いながらアトリエ事務所には足を運ばずに、様々言い訳を見つけて自分を納得させる手続きを踏み、エンジニアというどちらかというと時間がそのまま経験に転化され、その経験が能力に適切に反映され、問題と解法、そして解答が比較的一直線に並びやすい世界に足を踏み入れことになる。
組織設計事務所やゼネコンなどの大きな組織の中で大きな保障を得て、何年後の自分の姿をおぼろげに見据えられ、収入面でも安心して生活ができ、人生設計も同級生に劣ることなく計画しながら、アトリエではできないアプローチでデザインに取り組んでいるという風に自らのプライドも満足させる。
システムのど真ん中に位置する組織なだけに、どこかの大学で講師などをするツテも多かったりし、大きな仕事に関わっているという体で学生にも話をし、雑誌社などにも組織のつてなどから執筆する機会も出てくる。
誰かがシステムを保持する役割を持つことは必要である。これは決して悪いことではない。自覚的に自らを手厚い保障の中に身をおきながら、自分の心のどこかに引っかかる部分を残しつつ、それを必死に押さえつけ、あくまでも自分の努力で手に入れた地位だとし、職能を問われるような場局面には足を踏み入れずも、危険を冒しているかのようなそんなジェスチャーをすること。声だけ大きくなりつつも、足元を見るとしっかりとその線の向こうへとは踏み出そうとしない。
社会が成熟すればするほどその線のあっち側で物事は決まり回っていく。しかしその時間が長くなればなるほど、そのシステムは硬直し、前に進む力を失う。その時に必要なのが線のこっち側で何か分からないが、多様性の中で新しいことをやりだしている人々。そのエネルギー。
切れ目のこちら側とそちら側では、似た風景を見ているようでも、その過ごす意味はまったく違うこと。それを忘れずに、自分の立ち位置を再度確認しながら時間を過ごしていこうと心に思う。
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