一時期、随分とはまった桐野夏生。描きだす人間のドロドロとした本性。社会の中で生きるという暗黙のルールが外れた途端に、そのグロテスクな獣性、汚らわしいまでの自己保身の為の行動など、結局人間も動物であるということをこれでもかと描くその非日常性にずっぷりと埋もれていた時期から暫く時間が空いていたが、どうもこれは凄いらしいという評判を聞きつけて手に取った一冊。
「東電OL殺人事件」を基にした「グロテスク」同様、本作も実際にあった事件を基にした創作だという。その事件とは太平洋のマリアナ諸島に浮かぶ島・アナタハン島に1945年に漂着した日本人の間でおこった「アナタハンの女王事件」と呼ばれる事件。その内容はまさに本作の下敷きになったといってよいであろう。
夫二人で参加したクルーズ旅行から一転、流れ着いた無人島での生活。その後、同じく漂着してきた若い男の集団。そして生きる力を失い、死んでいく夫。そこで生まれる状況は男31人に対して、女1人の無人島での生活。
生きていく為の食料などの確保は比較的容易に出来るだけに生まれる男と女という社会性。その中で「一人」という希少性が持つ価値を利用して、この新たに生まれた世界で権力を独占しようとする主人公「清子」。
「今年で46歳」というその設定もまた絶妙であるが、「これほど男に焦がれられた女は世界に何人」と自ら言うように、自らの「女性」が圧倒的な価値となる場を手に入れた清子はその価値を最大化する為に一定期間、自分を独占できる「夫」をくじ引きで決めることとする。
そのくじ引きの行われる場所は「コウキョ」と呼ばれ、この島を「トウキョウ」と呼び、無人島の中にも一定の人数の人間だ共同して住まうことの中で生まれる社会性を入れ込んでくるのもまた絶妙。
そこに流れ着いてきて、力強いサバイバビリティーを見せる中国人の集団。日本人の集団の中にも様々なグループが出来てきて、リーダーも生まれてくるなか発覚する自らの妊娠。島からの脱出、その失敗を経ての出産。そしてチキとチータと名づけられる、男と女の双子。
調べるとスペイン語で少女を「チカ」と呼び、それが「チキータ」と変形し、それが更に変形して「チキチータ」となってアバの名曲の中でも歌われるようになったというが、どういう繋がりかは分からないがそんな名前を付けられた二人の運命はその後、島のプリンスと東京に戻って普通の中学生へとまったく異なってしまう。
設定の強烈さ。そして極限状況における人間が徐々に現す獣性。そして社会的動物である人間の行動と、その中でも異彩を放つ個人のエゴという、基本的に著者の作品の中で形を変えては搭乗する要素が「無人島」と「圧倒的多数の男に対して一人の女」という「非日常」の舞台を与えられテンポ良く読み進める。
それで中盤まではぐいぐい引き込まれていくのだが、人間の本能的な汚さと社会性の中での揺らぐ葛藤という構図を別にすると、「汚い、怖いものを見てみたい」という娯楽性を超えて何かあるかと考えると、これといって何も見えてこないままにページを閉じることになる。
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