恐らく現代において見るべき価値があるものが在るとすれば、間違いなくそのトップクラスに入るであろうこのステージ。そう思えるほどに美しい舞台であった。
かつてアルモドバルの「トーク・トゥ・ハー」を見た時に、映画の内容よりも、冒頭の印象的なモダンダンスの舞台と、それを観客席で見ながら、一人涙を流す中年の男。その舞台が世界的ダンサーであり振付師であるドイツのピナ・バウシュによる「カフェ・ミュラー」だと知るのは後になってのことだが、いつか大人になって自らも一人週末の夜に劇場に足を運び、自分の心を向き合うように言葉語らぬ美しい舞と向き合う、そんな時間を過ごしたいと誓った若かりし頃。
その思いを成就させてくれるような舞台にはなかなか出会うことは無かったが、今夜の舞台こそ、かつての思いと見事にリンクする素晴らしい時間と空間を体験させてくれた。
クラウド・ゲート・ダンス・シアター(Cloud Gate Dance Theatre 雲門舞集)は台湾を拠点として活躍する世界的振付師であるリン・ホァイミン(Lin Hwai-Min 林懐民)が率いるカンパニーで、中国語圏での初のコンテンポラリー・ダンス・カンパニーだという。
クラウド・ゲート(雲門)とは、中国で最も古いダンスの名前で約5千年前の古代の舞の様式を指すという。ダンサーは皆が氣功や書道などのトレーニングを受け、その動きもやはりどこかアジア的なしなやかさを感じさせる。
そしてなんといっても、このクラウド・ゲートはあのピナ・バウシュが愛してやまないといわれているカンパニーであり、どこかしら共通する雰囲気を感じ取らずにいられない。
今回の演目は「松烟(Pine Smoke)」と呼ばれ、舞台に繰り広げられるのは、常に形を変えて空気を一体化する煙の様に動きの速度を速めては緩めるダンサー達の舞。一時間強の上演時間は、その動きに圧倒されるうちにあっという間に終演時間を迎えることになる。
大人になるというのは、恐らくそれぞれの中に自分なりの大人の像を作り、いかにその像から偏差することなく過ごせるかが、その人の充実度に比例する。そして自らが作り出す像というのは、人生の中で見聞きした様々な小説や映像での断片をコラージュしてできるものと、現実の生活との間での平衡状態で作り出される。
日常の忙しなさと、汲々とする生活とストレスの中で、なかなか定常状態に落ちつかないそのバランス。そんな中このような素晴らしい夜を体験できることは、人生を過ごす上で心の中で貴重な楔となるだろうと思いながら席を後にする。
Lin Hwai-min 林懷民 リン・ホワイミン
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