一体どれくらい前に見た映画なのかよく覚えていないが、とにかく印象的だったのは作品の中で非常に強いキーワードとなる「ダンス」。
冒頭から世界的な振付師でありダンサーであるピナ・バウシュ(Pina Bausch)の独創的なコンテンポラリー・ダンスの迫力に心をあっさり奪われる。「人間の身体とはこういう風に動くものなのか・・・」と思わせてくれるその舞いの一つ一つの動作まで緊張と緩和を計算されつくされた美しさに心を奪われる。
ロンドンのAA Achoolという前衛的な大学院に足を踏み入れた時、前年度のあるユニットの成果報告の中に、アメリカ出身のバレエ振付家である、ウィリアム・フォーサイス(William Forsythe)の動きをマッピングし、そこから建築空間へと翻訳をするという内容のスタディが行われていた。
バレエの動きを解体し、再構築することで新しいコンテンポラリー・ダンスの高みへと挑戦していたフォーサイスのことを知ったのもその時が初めてであったが、建築という学問が水平に様々な分野に開き、同様に新しいことにチャレンジする同時代に生きるクリエイターから何かしらのヒントと建築への可能性を見つけようとするその姿勢になんとも度肝を抜かれたのを今でも覚えている。
空気を切り裂くようなバイオリンの音楽を背景に、一人舞台の上で今まで見たことも無いような身体の動きを見せてくれるコンテンポラリー・ダンス。何も言葉を発せずとも、それでも身体中を使って表現されるのは人間の心の動き。その姿を見ているだけで、言語と言う声帯による空気振動を通さずに、身体によって震わされた空気の振動を自らの身体が直接受け取ることにより、視覚と言語に頼りすぎている現代に生きる我々にはまったく新しい刺激を与えてくれることになる。
舞台の上で見たことのない、しかし何か訴えるものを表現するダンサーの姿と同じくらいに印象的なのが、それを客席で見ている中年のおっさん。あまり正確には覚えていないが、頭も禿げ上がり始めたそのおじさんは、確か建築家の設定だったのではと記憶する。
家庭で居場所を失うのでもなく、心を殺して平日を乗り切るのでもなく、自分が何を求めているのか知り、一人でも劇場に足を運び、自らの強い感受性で、誰が見ていようとも関係なく、心の叫びの様な舞いを身体で感じ取り、一人静かに涙する。そんな中年のおっさんになりたいなと望んだことを思い出す。
自分が何をしたいのか、なんてことを考えることを無しに日常を生き、行きたいのかも分からない飲み会に、ただただ空気を読み、自分の居場所を無くさないために足を運ぶ。そんな生きにくい社会となった現代の日本。誰もが横並びで、誰もがそこそこの生活を送る中では、自分の心の声に耳を澄ますこと、自分の感情が何を求めているのか向き合うことすらままならない。
そんな日本に生きるからこそ、都会の夜という誰にでも公平に与えられた時間の使い方を、自分の感情にとって必要なものを探し出し、それに対価を払い、そして一人足を運び自分なりの受け取り方をする。そして自然と流れる涙。そんな当たり前のことがなんとも羨ましく感じる。
ストーリーも絵も見慣れたアメリカ映画からはかなり遠い場所にあるのは間違いないが、作中でも歌われるカエターノ・ヴェローゾ (Caetano Veloso)の歌の独特なゆったりしたリズムの様に、時代に寄り添うのではなく、自らの感性を信じるその映画のあり方に、やはりアルモドバルの凄さを感じる一作。
見え終えた後さっそくサントラを入手し、いつか自分も一人夜の闇に紛れ、コンテンポラリー・ダンスの舞に自分の心の奥から湧き上がる感動に耳を傾けるような日を楽しみに「トゥトゥトゥ」と口ずさみながら思いを馳せる。
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スタッフ
監督・脚本 ペドロ・アルモドバル
キャスト
レオノール・ワトリング
ハビエル・カマラ
ダリオ・グランディネッティ
ロサリオ・フローレス
ジェラルディン・チャップリン
パス・ベガ
ピナ・バウシュ
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作品データ
原題 Talk to Her
製作年 2002年
製作国 スペイン
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