2020年5月25日月曜日

「螢川・泥の河」 宮本輝 1978 ★★★★


家の近くに流れる川沿いを夕方になると走っていると、川の表面が日によって微妙に違う表情を見せることに気が付く。昨日は清んで日を反射していたのに、今日は淀んでいるなと。

そんなことを思いながらのそのそと走っていると、突然「バシャッ」と大きな音がして、目を向けると大きな波紋が広がっていく。川の主のような顔をして、普段はゆっくりと大きな灰色の身体をうねらせながら、水面近くを行き来するあの鯉が、水面近くを飛ぶ昆虫に飛びつき、びっくりするような跳躍力を発揮したところだろう。

波紋が落ち着いてくると、悠々と身体をうねらすあの鯉の姿も捉えられ、これこそ泥の河の「お化け鯉」だなと思いながら、重い足をなんとか前に進める。

宮本輝の名前はよく聞くので、読んで気になっていたけど、久々に手に取り、じっくりと考えるとやはり読んでないようであり、せっかくの機会だからと読んでみたが、流石作家デビュー作で、太宰治賞も受賞した「泥の河」。そして翌年に芥川賞を受賞した「蛍川」。後の「道頓堀川」と併せて、川三部作と呼ばれているらしいが、どちらもとても素晴らしく、読み応えのある作品であった。

夜のポンポン船の上で、サワガニに油を飲ませて火をつけ、カニが水面に落ちていく姿を眺める様子や、やっと辿り着いた蛍の繁殖地で目にした、雪が巻き上がるような蛍の嵐の様子は、鮮やかな色で目の前に広がるようななんとも不思議な体験を呼び起こす描写は圧巻。

どちらの作品にも漂う背徳感やエロス。そして子供の中で育成される、ドロドロとした社会への眼差し。

「鬱金色のさざめきが川面で煌めいていた」という言葉など、生々しい主題にも関わらず、全体的に品を感じさせるのは、作家が過ごしてきた時間の濃度がさせるのだろうかと思いながら、川の近くに住んでみるのもまた悪くないだろうなと思いながら、三部作の残りの一冊である道頓堀川を楽しみにする。

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