進めてきた古都巡りも半分を過ぎ、何とか今年中に制覇したいと思って選んだ先は河南省の最北部に位置する安陽(安阳,ān yáng,あんよう)と、その北の河北省の最南部に位置する邯鄲(邯郸,Hándān,かんたん)。
中国の八大古都にも数えられるこの安陽は殷王朝の王都が置かれていたとされる。「殷(yīn,いん)」というと、
殷、周、新、漢、三国、晋、南北朝、隋、唐、五代、宋、元、明、清、中華民国、中華人民共和国
いん・しゅう・しん・かん・さんごく・しん・なんぼくちょう・ずい・とう・ごだい・そう・げん・みん・しん・ちゅうかみんこく・ちゅうかじんみんきょうわこく
と、学校で一度は耳にした中国の歴代王朝を覚える歌の最初に出てくる例の「殷」である。
中国ではその殷の前の「夏(か)王朝」が最初の王朝として認知されているが、考古学的にその存在がまだ証明されておらず、逆に考古学的に明らかにその存在が認められる最初の王朝としてこの「殷」が世界的に認知されているという訳である。
またこの「殷」は別名を「商(shāng、しょう)」とも呼ばれ、中国人と話す時には大体「商王」としてこの時代を称するようである。なんといってもその存在した時代は紀元前17世紀頃 - 紀元前1046年とされており、存在期間だけで優に500年以上。今の様な安定した国家という形でなかったに違いないが、それでも気の遠くなる年月である。
「亀の甲羅」で知られる様に、占いに非常に優れた文明を持った「殷」。そこから甲骨文字を発展させ、現在の漢字文化の源流と読んでいいこの王朝。占いということから、天文学にも優れ、現在も使われる閏年もまたこの時代から既に使われ始めていたというから驚くばかり。
そんな古の王朝「殷」。その気配を少しでも感じるために霧が立ち込めほとんど視界ゼロで雰囲気たっぷりの天候の下、安陽の駅へと降り立つことにする。
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