2014年3月20日木曜日

「イン・ザ・プール」 奥田英朗 2002 ★★★

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目次
/イン・ザ・プール
/勃ちっ放し
/コンパニオン
/フレンズ
/いつまでたっても
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NIRVANAのNever Mindを思い起こさせるその表紙から、バリバリのロックな話かと想像していたら、なんとも拍子抜けする精神科医のお話。続編にあたる「空中ブランコ」が直木賞を受賞したということで、恐らくセットで手に取った一冊。なんだか流行りものの軽い感じかと思っていたのでなかなかページを開くことがなかったが、齋藤先生も絶賛とういことで読んでみることにする。

極端だけれども、誰でもその気持ちは理解できなくはないという現代に生きる心の闇を抱えた患者がひょんなことから訪れる精神科。そこに現れるのはけっして医者らしくないデブで気が利かない精神科・伊良部。

本人にとっては一大事なのにもかかわらず、その飄々とした態度と言葉で「あれ、悩んでいたことはなんだったんだろう?」と、その悩みの基盤となっていた一般常識、世間の常識が当たり前でないとそこからぶっ壊そうとする伊良部の態度。

表題にもなっている「イン・ザ・プール」では、プールで泳ぐことが習慣になった編集者が、今後ははまりすぎ、逆に禁断症状となってしまい、泳ぐことができなければ生きていけないようになってしまう。しかし、伊良部は一緒になって泳ぎにはまり、編集者よりもどっぷりとその症状に嵌っていく。

周囲から「あなた、そろそろやばいんじゃない?禁断症状になっているんじゃない?」と心配されて、所謂精神病との狭間にいると意識される編集者は、そんな伊良部の姿を見ると、何が常識かを揺さぶられる。


次の「勃ちっ放し」では、勃起がおさまらなくなってしまった会社員。それはいつでも「いい人」を演じてしまい、自分の感情を外に出さないことが原因だと思い込むが、それでもなかなか自分の性格は変えられない。恐らく現代社会に生きる半分ほどの人は、自分だけ周りに気を使って、なんて損な役回りだと思いながらも、同じように明日も過ごしているのだろうと想像する。

「コンパニオン」ではよりわかりやすく、2流モデルが自意識過剰でファンによるストーカー被害にあっていると妄想が止まらない。その自意識過剰のせいで、周囲の友達もいなくなり、仕事もできなくなっていくが、それはすべて美しすぎる自分への嫉妬からくるものだと思ってしまう。周囲との意思疎通の取れるコミュニケーションが取れないまま大人になってしまった自己意識の肥大した大きな子供。そんな人間が街にあふれる現代社会を見事に描き出す。

「フレンズ」では、携帯でメールをし、友達とSNSをすることが、自分の存在意義、イケている、皆に愛されている自分の居場所だと思って過ごす高校生。中学までは全然イケてなかったので、高校デビューばかりに思い切って明るい自分を演じてみて、CDも誰より先に買ってはカラオケの練習をして皆から注目を集めようとする。自分の望む姿と現実の自分の姿のギャップをうまく消化できない思春期を思い出させるような物語。

「いつまでたっても」では、家を出ると、ガスを止めたか?煙草の火は消してあるか?なんて気になってしまい、家から出られなくなってしまうライターの話。これも誰でも一度はそんな不安症に襲われたことがあるはずで、バスに乗ったとたんに、「あれ・・・?」と窓を閉めたか不安になったりするものである。


世間の常識に囚われず、また一般の会社に勤めることで「立派な会社員」として振る舞うことを強いられることのない伊良部。その強みは、実家でもあるがゆくゆくは自分の病院をバックグラウンドにはしているが、精神科医として確かな職業的能力を持ち、誰がなんといっても、間違いなくその道のプロフェッショナルであり、それで自分の生活をさせることができるという誰にも負けない自信。

それがある限り、誰に何を言われても、誰が何を思おうとも、不安になったり、委縮する必要がない。登場する患者は、「こうでなければいけない」、「みんなからこう見られない」という意識が高じて、自分で自分の病気を作り出してしまっている。

日本の建築界で誰もが公の場で、「あいつの作品は酷い。見れたもんじゃない」と非難しないのは、やはりどこかでつながっており、それが自分の利益につながることもあるかという思惑が見え隠れするからであろう。それが一度日本を自らのマーケットとして見なくても、十分に自分の生活を支えることができるようになった時に、より自由に発言ができるようになるというものである。

そんな閉塞感が漂うことすら変な世の中であるが、伊良部から学ぶことは、何よりも自分の職業的能力を高め、それにより自らのマーケットを開拓し、生きていける人間は、どんな時代にもやはり強く朗らかに生きていけるということであろう。




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