2014年1月27日月曜日

「パシフィック・リム」ギレルモ・デル・トロ 2013 ★

昨年の失敗を踏まえて、今週から始まる中華新年の休みを数日早くとることにして、名古屋へと飛ぶ帰りの飛行機の中で見つけた一作。

2013年はSF話題作が目白押しだったがその中の一本。なんといって菊地凛子に芦田愛菜が出演したということで、日本でも随分プロモーションされていたようである。

「巨大ロボットに怪獣もの」をハリウッドがどうやって映像化するのだろうと興味は引かれていたので、やってみる事が出来たが・・・・

小さいころ夢中になったマジンガーZやガンダムのアニメが実写にされて暴れまくる。しかもその相手が恐ろしい姿をした「怪獣」と呼ばれる巨大生物。それをなんに捻りも無く、そのまんま実写にしてしまったアニメオタクのギレルモ・デル・トロ監督。

映画の中でも、なぜだか分からないが「カイジュウ」と日本語で呼ばれる巨大生物。第一号が日本で見つかったからだとか、何かしらの説明があってもいいものだろうと思うが、そういうディテールはすっ飛ばすらしい。

ボロボロになった人類は一致団結し、日本の古いアニメの様に、人型の巨大兵器「イェーガー」を開発し、そこに2人のパイロットが乗り込み、気持ちを合わせながらロボットを操作するのだが、その戦い方は殴る蹴るの極めて全時代的なもの。

しかも驚くのが、パイロットに抜擢された菊地凛子が、初めてロボットを操作する時に、自らの記憶の奥底に眠っている風景に惑わされて、リンクしているロボットを通じて仲間や最先端設備もすべて吹っ飛ばしてしまうような、とんでもなく不安定なものに依拠しないといけないという設定・・・

何の為に実写化したのだろう・・・と思わずにいられない、なんとも悲しき一作であろう。

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スタッフ
監督 ギレルモ・デル・トロ
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キャスト
チャーリー・ハナム ローリー・ベケット
イドリス・エルバス タッカー・ペントコスト
菊地凛子 森マコ
芦田愛菜 森マコ(幼少期)
チャーリー・デイ ニュートン・ガイズラー博士
ロブ・カジンスキー チャック・ハンセン
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作品データ
原題 Pacific Rim
製作年 2013年
製作国 アメリカ
配給 ワーナー・ブラザース映画
上映時間 131分
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神々の国に帯同する本

休みの度に、その旅行に持って行く本を選ぶのは苦痛と共に至極の喜びである。

しかし今回は東京で必要な事をこなしてしまったら、妻を東京に置いて、一人さっさと向かう先は山陰。まさに神々の国の首都。

そんな聖域性の高い場所に帯同する本となると、やはりそれなりの品格が求められる。「八百万(やおよろず)」の神々が集う出雲の地。その周辺の霊性漂う雰囲気。そんな空間に耐えうる本は何なのか?そんなことを思いながら自宅の本棚の前で腕組み。

最初に手が伸びるのは、もちろん流れ流れて松江にたどり着いたギリシャ生れのイギリス人である小泉八雲の書籍。ラフカディオ・ハーンとしても知られるその日本通の目に映ったかの地はどのような風景であったのか。

米子から、松江、出雲を巡り、石見、江津、益田、津和野に津山に戻り、倉吉を巡って米子に戻る計五日間の巡礼の旅。その道中で徐々に身体に溜まって行く聖域ポイントと同時に、どれだけこれらの本が読み進められるか楽しみにしながら、旅行かばんの中に重い本を詰め込んでいく事にする。

2014年1月26日日曜日

ブラック企業規制

政府によってブラック企業の規制への動きが叫ばれて久しい。

こういうニュースを見るとどうも違和感を感じ得ない。小泉内閣の規制緩和が非正規労働者の増加を招いた訳ではないのだろうが、少なくともグローバル社会を迎えた新自由主義経済を受け入れて、世界の経済の循環の中に飛び込むことを決めた日本政府。

その時から世界規模でアウトソーシングされる業務の波は、世界規模での仕事の奪い合い、それに伴うコストカット、さらに価格の下落をもたらすことになる。それを避けるには他者の追随を許さない付加価値を追求していかなければいけない企業と、同時に自ら企業に対して提供する労働にも他者との差別化をしていかなければいけない労働者。

それが出来ない企業も競争の中で下位に転落し、同じくそれができない労働者は世界水準で考えられる低い対価しか払われることの無い単純労働に甘んじることになる。それほど冷徹で厳しい世界こそがグローバル社会がもたらしたもの。

あなたよりも的確でなおかつ迅速に仕事をこなす人により安価で発注でき、業務の遂行になんら問題の無いネット環境が構築された現代においては、全ての労働者その現実を深刻に理解する必要があるのだろう。

アクセスのグローバル化が終了した現在。既に始まっているのは物理的なボーダーレス化。生産拠点を移動するのも、また労働者の流出入もまたより簡易になっていく。アジア、アフリカ、南米からより良い機会を求めてやってくる労働者。

日本の安穏とした環境の中で低賃金と思われる報酬でも、彼らにとってはどうしても手に入れたい仕事かもしれない。そういう彼らと戦っていかなければいけないし、どうにかして優位性を保っていかなければいけない。それがフラット化した世界の現実。

ブラック企業問題は、その現象の一断面に過ぎないだろうし、恐らくこれからもっとシビアに、もっと絶望的な現実がまっているかもしれない。もちろん不当な労働環境を強いる企業は淘汰すべきだと思うが、同時に安易に国民を慰安するようなことでは、事の本質は解決されていかないのだろうとも思わずにいられない。

2014年1月25日土曜日

庙会 地坛公园

庙会(miàohuì)とは中国の新年を祝う縁日である。

中華新年は中国の採用する旧暦、太陰暦でも最も重要な意味を持つものであり、その縁日ももちろん盛大に祝われる事になる。

各都市において、幾つかの拠点において出店が出たり、見世物小屋が出たりと賑やかに祝うのだが、ここ北京で最も有名なのが地坛公园における庙会。

何年か前に日本人の友人達と冷やかしに来たことがあったが、今回は中華新年前に帰国することもあり、妻を連れて雰囲気だけでも楽しみに足を運んでみた。

いつもどおりに電動スクーターに二人でまたがり、相変わらずの寒空の下、お洒落とはほぼ遠い完全防備の姿でオフィス近くの地坛公园へ。

本来は北門から入るのが正式なこの公園だが、やはり交通の便利さから南門にスクーターを止めると、入り口には既に庙会の飾りが。久々に訪れた青空に赤い提灯が良く生えてなんとも美しい。

15円ほどの入場料を払い中に入り、今日が初めての訪問となる妻に詳しく「地坛」について説明するが、それよりも「ゆったりした風景」好きな妻は、天坛公园よりも観光客もいなく、その広大さを味わえる雰囲気が気に入った様子で、パチパチ写真を撮っている。

メインとなる地坛に入ろうとするが、残念ながら庙会の飾りつけの為に入場禁止となっており、非常に残念だと「地坛」の構造について「奇数と偶数が・・・」と説明するが、「問題ない」とそれは別に気にしない様子の妻。

ぐるりと回って、北門近くに設置されている自由に使える健康器具に興味を示した妻は、隣でかなり本気で運動をするおじさんを横目にせっせと一つずつこなしていく。「はぁ、これで今日の運動こなせたわ」と満足そうに笑う妻一緒に新しい一年がそこまで来ていることを感じながら公園を後にする。







2014年1月24日金曜日

MAD Gold Party

年末と言う事でオフィスを開放してパーティーを開催する。

昔から青や緑など、色をテーマにしたパーティーをしてきたが、今年は縁起も良さげなということで今回のドレスコードは「GOLD」。数日前から妻は「何を金色で着けていこうか?」となにやら嬉しそうに悩んでいる様子。

かつては毎年やっていたが、最近は行う事が少なくなっていたので、久々に派手にやろうということで、建築関係に関わらず、関係会社やスタッフの家族なども誘い、プロのDJに音楽を流してもらって、業者に入ってもらって飾りつけなど、かなり本格的な準備が進んでいく。

金色のカーテンや風船がかけられて、普段は図面や本で散乱しているテーブルには綺麗に模型がレイアウトされ展覧会のような雰囲気に。徐々にパーティー会場へと変貌していく様子を眺めていると、これだけの規模の事を日本でやるためには、一体どれだけの会社規模にならないといけないのだろうと、想像せずにいられない。

夜の19時にパーティーは開始と言っても、そんな時間にやってくるのは、関係者か相当真面目な人。オフィスメンバーの家族などと話をしながら待っていると、22時近くなって徐々に人が集まってくる。

音楽も大きくなり、オフィスマネージャーをやってくれている女の子と旦那さんが率いているというサンババンドの生演奏で会場は一気に盛り上がり、作ったけども着る機会がないと嘆いていたチャイナドレスの袖を躍らせながらステップを踏んでいる。

GMPなど北京にある外国建築事務所に勤める友人なども大挙してやってきてくれて、皆それぞれに楽しんでいる様子。スタッフもインターンも普段の表情とは違って思いっきり若さを発揮して楽しんでいるようである。

大音量に耐えられず逃げるように自分のデスクに戻って来て、気の置けない友人とその中の一人の恋愛事情にあーだこーだと結論の出ない会話に華を咲かせ、すっかり酔っ払い、オフィスだというのに勝手にタバコを吸出すその友人を置いて、一向に終わる気配の見えない会場を逃げ出し家路につくことにする。












「斜陽」 太宰治 1947 ★★★


漱石にしても太宰にしても、描くことはその時代時代に目新しい事象ではなく、人間の持つ本質的な感情を描き出すから、何十年経っても決して古びることなく読めるのだと感心する。

まさに戦後と呼べる1947年に書かれた、没落にせよ貴族が残っていた時代の物語。

異なる時代の太宰自身が投影されたという4人の登場人物の設定ということだが、何と言っても冒頭から不思議な雰囲気を醸し出す母のなんとも上品なしぐさに、全てが大衆化に向かう現代には無いものを感じざるを得られない。

貴族という、ある種の下部構造に支えられる階層が社会の中にあることで、それぞれの役割分担が深層心理の中で共有されていた時代。生活の保障の上に成り立つ文化への深い造詣など、生きる事を心配しなくて良い身分ならではの日常だが、社会が変化し、その基盤も変化する変動期において、人々がどうリアクションし、市井の大衆であればあるほど、軽やかにその変化に対応していくのに対して、高貴な人々はそれぞれが新たなる道を見つけられずに没落していく。

まさに一日の終わりに訪れる斜陽の様に。

そして現代の日本に訪れているのも、社会の根本を変えないといけないほどの変化の波。それが外からも内からも沸き起こっているのに対し、大衆は敏感に変化へと向かいつつあるにも関わらず、現代の貴族達はやはり変化を拒み、今を継続しようと躍起になる日々。

そこに訪れるのは同じような斜陽なのか、それとも終わる事の無い夕闇なのかは誰にも分からない。

「新スケープ―都市の異風景」 中央アーキ 2007 ★

今夜は外部の人も招待してのオフィスでの年末パーティー。

200人近い数のゲストが来るだろうからと、仕事上大切なものが紛失したりと言う余計なトラブルを避けるためにも様々な準備をしなければいけない。皆朝からダンボールに個人の所有物をいれて、倉庫に運び込み、パソコンも電源を落として安全な場所に避難させる。

他のスタッフは飾りつけなどの準備に追われて忙しそうにしているが、こちらはそれに参加するわけにもいかないが、パソコンがないといくつかスケッチをしてみても何か手持ち無沙汰で、横をみてみると同じように手持ち無沙汰そうにソファで眠りに耽っているパートナーの姿。

こちらも椅子でウツラウツラしながらも、遅々として進まない時間を持て余し、せっかくだからと後ろの本棚に置きっぱなしになっていた本に手を伸ばす。そうしたら思いのほかあっという間に読みおえてしまい再度訪れる手持ち無沙汰。

なんで購入したのかすら覚えてないが、恐らく何かのタイミングで帰国した際にどこかで取り上げられており、パラパラとめくったら恐らく東京に長く住んでいないと見えてこない東京の姿を浮き彫りにしている内容なのだろうと勝手に判断して購入した一冊。

「中央アーキ」という名前も新しく出版された雑誌のタイトルだろうと思っていたが、勉強不足で、若手の建築事務所の名前のようである。

内容のほとんどは、やや上の世代の建築家や若手で活動的にメディアに露出している建築家達への「インタビュー」という形で綴られるが、使われているフォントの大きさにまず驚かされる。

最近このようなフリーペーパーからの延長的な出版物が多くなり、内容はざっくりとしたインタビューによって、インタビューの中から無意識の中に潜む何かを繋いで一本の線にしていこうとする意図のもの。なので、全体として何か強く訴えるものも無ければ、建築言論にハードコアな新しさを感じさせるわけでもない。

とにかくフォントを大きくしてあるので、その実文字数は相当に少ないと思われる。通常の建築本のフォーマットにしたら文章で5ページくらいに納まるのではと思われる。現在進行中のロシアでのコンペが都市計画ということもあり、この数ヶ月必死に都市の歴史や、都市とは何かについてあれこれ読んで考えているが、その一環として手にした一冊にも関わらず、この内容で出版するとは凄いなと現代の軽さに思いを馳せる。

恐らく東京の建築設計シーンの中で世話になり、繋がっているサークルの仲間で、互いに持ちつ持たれつしながらも徐々になんとなくに主要メンバーが絞られていき、年代が構成されていくのだろう。

メディアと付き合い、メディアに露出し、メディアを利用してブランディングしていくことで、徐々に建築事務所としてのステータスを高めていく必要のある現代においては、避けては通れないことなのだろうが、できることなら、職能人として自分を高めることの一番の最前線である、本質的な設計に必死に向き合って時間を過ごしたいものだと改めて思わされる。

必死に都市を考え、必死に建築に向き合い、その中で焦ることなく熟成されるように浮かび上がってくる、東京の風景の新たなる美しさを提示する文章を持ちたいものである。そしてそういう言葉達は、専門家にもそうで無い人にも、きっと強く響くのだろうと想像する。

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目次
・新スケープ
/東京タワー
/遠くのお隣さん
/音と風景
/東京の自然物
/平面的な凹凸面
/敷地境界
/タツミ・ダビタシオン
/みんなの墓
/ライフスタイルの差異
/窓のない球
/ちいさい街
/箱庭
/顕在化
/自然と人口の反転
/自然のようなビル
/表と裏
/広い路地
/うるさい川
/二つのエネルギー
/エレクトリックパレット
/奥行きのある壁
/建設的なかさぶた
/速度
/シャドウスケープ
/無人の風景
/街区クロニクル

・速度のような定規

・コラム
/当たり前の過剰
/東京タワー
/空の見え方

・Photo Column 01 Berlin ・花代
・Photo Column 02 London ・蓮井元彦

・お気に入りの風景
/藤村龍至
/小島一浩
/西沢大良
/宮本佳明
/藤本壮介
/石上純也
/遠藤正道
/宇津木えり
/伊藤キム
/ミヤケマイ
/ANATAKIKOU
/真鍋大渡X戸川憲一
/ジョニー・ウォーカー

・Too Much Scape
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