もう何年も、読むことを楽しみながらページを捲るというよりも、年齢と共にこれくらいの本は読んでおかなければいけない、メディアで取り扱われている話題の本は読んでおかなければいけない、というなんとも言えない思いに押され、内容よりも読んだということを追いかけるなかで、かつてワクワクしながらページを捲っていた子供時代の読書の楽しさをまるで失ってしまった気分に苛まれ、なんとかあの時に気持ちを取り返せるかと実家で片付けをしている中で見つけた本が詰め込まれた段ボールの中から見つけ出した一冊。
一時期随分気に入って読み漁っていた作家の作品で、納められている5編の物語は、それぞれ年齢も置かれた状況も異なる5組のカップルがそれぞれ違った場所の温泉地の温泉宿を訪れる様子を描いているため、一日一篇と決めて読みすすめる。
初恋温泉が熱海の「蓬菜」
白雪温泉が青森の「青荷温泉」
ためらいの湯が京都の「祇園 畑中
」
風来温泉が那須の「二期倶楽部」
純情温泉が黒川の「南城苑」
レストランで成功した経営者夫妻が訪れる旅館では、温泉に浸かっていると入っている他の宿泊客の「こういう高級旅館というものはね・・・」というセリフに感じられるように、高級旅館から鄙びた温泉宿、お忍びで訪れるような宿から有名温泉街の心地よい宿まで、登場人物が人生の中で如何にもチョイスしそうな宿がうまいことマッチングされている。
温泉と旅館。
日本人なら誰もが想像できる、特別な時間とくつろぎの非日常。
そんな中でも雪深い青森の風景で、一瞬音が消えたような錯覚から始まる「白雪温泉」はとても印象深い内容で、音なく降り注ぐ雪のように、少しだけ読む楽しみが手の中にまた戻ってきたような感触をもってページを閉じる。
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