2012年4月30日月曜日

グローカル

GWに開催されるアート・イベントの為に、東京より友人がやって来た。

この友人は北京に数年住んでいて、その後日本に戻ったがこちらと行ったり来たりの生活を送りながら、世界をピョンピョン軽やかに駆けていく、そんな人である。

家に着くなり、使わなくなったIphone3GSのシムロックを外してこちらの中国の携帯シムカードを指してある携帯でこちらの友人と夕飯の予定を入れながら、日本のIphoneと携帯を早速充電し、マックブックを立ち上げて明後日の中国国内の出張の為のメールを処理。

その合間に家のWifi設定をして、つなげている間に荷物をアンパックして着替えをして、早速北京に来る前にいたという京都のお土産をくれたりする。

徹底して無駄を嫌う性格なので、我々がやっとカスタマイゼーションした便利道具など当たり前のように完備しており、さっと取り出した中国財布には一卡通(中国の公共交通ICカード)も入っており、歩きやすいスニーカーに履き替え早速友人に頼まれているものを買出しに行くというのでついて行く。

ここの服は結構しゃれてるよ。
ここはミュージアム・ショップっぽく、よいデザインの雑貨がおいてるよ。
ここのシャツは色が可愛いよ。

などと、こちらがまったく疎い情報を与えてくれて妻は大喜び。

お腹すいたねと言うと、じゃああそのこ雲南料理はとつれてってもらった先は、一本路地を入ったところにあるとても雰囲気の良いレストラン。これも知らなかった。

ご飯を食べてる間にも、こちらの友人から携帯にメッセージが届き、明日の夜のディナーも一緒にとることに。そこに我々もジョインさせてもらうことにする。

そんな間も、
あそこの銀行はサービスはいいから、
あそこの銀行はクレジットカードつくれるよ、
あれはANAのポイントがつけれるからお得だよ、
などと多くのリサーチに裏打ちされたアドバイスをもらう。

「だって、みんなが損しないほうがいいじゃない」

と軽く言い放つ姿を見ると、世間で叫ばれるグローカルな人材というのはこういう人を指すのだと思う。対外の必要な情報というのは地球の歩き方といくつのブログと現地のフリーペーパーを調べれば入るけれど、それでもどうしてもアクセスできないローカルな情報にいかに辿り着くか。それにはドーンと飛び込んで、現地の友達を沢山作って、オープンな気持ちで現地に溶け込むこと。それができるかどうか。

どこに住むかでなくて、どう住まうかが重要なのだと再認識する連休の昼下がり。




2012年4月29日日曜日

労働節 ウーイー


中国では5月1日のメーデーの前後を合わせて労働節というお休みになる。今年の場合は28日の土曜日まで出勤で、29の日曜日、1の月曜日、2の火曜日と3日間の連休で3日の水曜日から通常出勤。

もともと国慶節と春節に大型連休があるので、あえてここでも有給を取って大型連休にするよりも、皆大体カレンダー通りに過ごしている。

しかし日本でも魚屋なスーパーが大型連休など関係ないように、こちらにも連休など関係なく生きている人も多いわけで、やっぱり連休前でも土曜日は少し街から人気が減っている。

連休前の土曜日には、学校関係のイベントも多いのはどこの国も同じということだろうか、朝出勤しようと自転車を走らせていると、マンションの隣にある小学校の外に人だかり。中から聞こえてくるのはマイクを通した先生の声と鉄砲の合図に威勢の良い音楽。

きっと今夜は、興奮して喋りまくる子供の相手に奮闘する若い夫婦が、至る所にいるのだろうと想像しながら実りある休暇になることを期待する。


2012年4月27日金曜日

食堂


同じ釜の飯を食う。

とは良く言ったものだが、我々のオフィスでは昼食時になると近くのレストランからいくつかの料理を持ってきてもらって、大きな炊飯器で白米を炊き、用意してあるお椀と箸を取って各自が好きによそい、各々気の合う同士でテーブルに座って食べる様にしている。

社食のようなものだが、別に各自が払ったり給料から差っ引いたりはせず、食費の安い場所だからできるある種の食堂空間。昼の時間が近づくと急に賑やかになり、皆が勝手気ままに食べて話して笑って、今日のおかずはなんだ?なんてワイワイやっている。

今日は自分の好きな菜が無いな・・・と何だが学校の給食を思い出しながら、馴染みの事務の子に、「明日は地三鲜と干扁四季豆と皮蛋豆腐のどれかでいいのでお願い」と頼み込む。

ご飯を食べ終わると、皆それぞれに20分くらいの散歩に出かけて消化を促進するので、昼食後が一番オフィスが静かになる。プロジェクトの事で誰かを捕まえたくともいなくなってしまうからしょうがない。

しばらくしたら阿姨さんが片づけをしてくれて、レストランのスタッフが道具を取りに来て、またもとの作業スペースと戻っていく。一日に一度現れる食堂空間。

食べることは一日の中でたった3度しか訪れないハレの時間で、その時間に人はもっとも自分らしく、一番素の姿を見せるものだと納得。同じものを食べて、そんな時間を共有する仲間にはいつの間にか自然と親近感が沸いてくる。

そんな空間があるのは豊かなことだろうと思いながら明日の菜に想いを馳せる。







2012年4月26日木曜日

キタヘミナミヘ


春の北京はとにかく空気が乾燥する。つまりあまり汗をかかない。

体調を整えるためにも、無理にでも汗を出し、新陳代謝を高める必要がある。到着二日目の朝より、限られた手荷物に強引に詰め込んだランニングシューズとランニングシャツを引っ張り出し、砂塵舞う朝の街に走りに出る。

村上春樹ではないが、街を把握するのには走るというのが結構適している。

Nike+GPSで距離を測りながら走るので、身体には東京でのランニングでどこからどこが何キロか大体染み付いている。こちらは大丈夫か?と心配してみるが、少々のズレはあるもののちゃんとGPSも働くようでランニング環境には問題ない。

最初はとにかく距離感と土地勘を身に着けるために、毎日東西南北と方向を変えてワンブロックのランニング。その帰り道に、家から各方面で最短にある朝食が買えるお店を見つける。

国際引越しというのは関税などでのチェックか何か知らないが、とにかく時間がかかるため、1ヶ月は仮住まいの様相を示す。つまり朝食もどこかで手に入れてこなければいけないということになる。できるだけ、フレッシュに、健康的なものをとなると、やはり朝一にお店で買うことが一番。

そんな訳で初めの一週間で東西南北のブロックの距離感を身につけ、それぞれの方向の最短のお店の朝食メニューを口にして、それなりにどれが好みか分かってくる。

ほとんど雨が降らない北京だから、それこと毎日走りにいけるので、一回りすると今度は東西南北のワンブロックを周回することになる。これで大体4キロ程度。そこでまた別のお店の包子に挑戦して、次第に朝食はここか、ここという標的が決定し始める。

そのラウンドが終わると、今度はまた東西南北に更に距離を伸ばして直線の折り返しを行う。これで大体6キロ。それから徐々に線分に厚みを与えて面として、次第に距離が8キロ当たりに達してくる。

そんなことをしていると、北京の大気汚染に非常に敏感になっている妻と一緒に病院に行って、医者に「ランニングするのは大丈夫か?」と聞くと、「道の横は土埃が酷いのでやめたほうが良い。できれば大きな公園などに行って、その中で走るとかにすれば大丈夫。」とのこと。

朝起きてすぐに着替えて走り出す。じっとり汗をかいて、朝食を抱えながら帰ってきて、シャワーを浴びてご飯を食べる。そんな気軽な朝の時間が結構楽しみになって来ていたので、これはかなりのショック・・・身体への影響を相当気にする妻の為にも道でのランニングはあきらめないといけないことになる。

しょうがないので、自転車で約15分の距離の朝阳公园まで行き、チケットを買って入園して、緑豊かな環境で、太極拳や卓球を楽しむ老人グループを片目にぐるりとするとやく7キロ。コースによっては距離も調整できて、確かに緑も多く身体にも良さそうなのでいいのだが、往復の自転車で30分というのがかなりのネック。

そんなときに続いた珍しい雨の数日。朝のランニングがないと、やはり身体のリセットがうまくいかないのか、なんとなく調子が悪い。これはいかんと、15分のところを10分で飛ばし、昨日勉強した中国語の課を聞きながら公園をグルリと走り、汗だくでまた10分で家まで飛ばして、家を通り越して例のお店で朝ごはんを買い込んで帰宅。どうしても1時間は越えてしまうが、これも体調管理の一環だと思うことにしてとにかく続けることにする。

ちなみに朝阳公园は一回づつ行くと入園料が5元だが、一ヶ月のチケットを買うと8元だと言う。これは買わない手は無いと買いに行くが、毎月1・2・3日のみ変えて、顔写真をもって来いとのこと。オフィスの中国人も一体どういう計算式なんだ??と首をかしげる。



2012年4月25日水曜日

MAD 早野より 「WAN's 21 Award 」受賞のお報せ

World Architecture Newsが主催する「WAN 21」を、
共同主催するMAD Architectsが受賞することになりました。

世界中から8つの設計事務所が受賞者として発表されましたが、
それぞれの受賞事務所のどの作品、
新しい建築の可能性を示すものだと思いますので、
お時間の許すときにでも見ていただければ幸いです。

21for21 Awards 2012 Winners

この賞もまた明日への励みとし、
昨日よりも更にいっそう手を動かして建築に向かって行きますので、
今後とも今まで同様の暖かいご支援をいただければ大変嬉しく思います。


国から守られなくとも、国を守る人間に

3月までお世話になった早稲田大学芸術学校の今年の卒業生による謝恩会の席で、現校長が全体の卒業式で登壇した時に、ある卒業生が卒業生に向けてのスピーチで最も印象的だった言葉として挙げていた。

「国から守られなくとも、国を守る人間になってください」。

如何にも早稲田らしい、バンカラな発言だと思う。

一歩国を出ると、その人が
どんな大学を出たか、
どんな家柄か、
どんな会社で働いていたか。

そんなことは大抵吹っ飛んで、

それよりもその人が今この場所で、
どんなことができるのか、
どんなことを話すのか、
どんな振る舞いをするのか、

それでその人の評価が決定してしまう。

オフィスにもインターンなどを含め30人からの外国人が働いているが、
彼らがそれぞれの国でどこの大学を卒業したかよりも、
10日間その人の仕事ぶりを見ていれば、どんな建築家かが見えてくる。

連休明けに、日本で外部講師としてお世話になった東京大学のゼミの学生たちが北京を訪れ、その中で我々のオフィスも見学しに来る予定になっている。その費用は大学、ひいては国が負担することになるのだろうと想像する。

国を守るべき人材を輩出すべき最高学府の学生であるからこと得られる国からの保護。それを実感しながら、しっかりと得るべきものをこの国から持ち帰っていって欲しいと切に願う。

2012年4月23日月曜日

原点回帰


妻が通いだした語学学校で、自分も通い始めようとどのクラスがいいかなと教科書を物色。事務の人と相談して買い込んだ中級の听力の教科書を使って独学してみるが、全然分からなくて思いっきり気分が萎える。

そこそこ喋れるものの下にある基礎がこんなに脆いものとはと、どうやって勉強していいのかと軽い自暴自棄。やはり打ちひしがれるのは自分のやる気かと再認識。

そんな時に横で一番基礎の発音の復習をやっている妻の姿を見て、改めて基礎構築の必要性を感じ、何もいつまでにどこまでレベルを上げろと急ぐ旅でもないのなら、ゆっくりじっくり一から確実にやり直そうと原点回帰に決定。

何度目になるのか分からないが、汉语会话301句の教科書を引っ張り出して、1日に30個の新しい単語を覚えるよりも、10個の知ってる単語をしっかり覚えなおし使えるようにと気分を変えると、すこし心の重みも軽くなる。

窓から見える風景をゆっくり楽しむつもりで、原点からまた鈍行の旅を同行二人で再出発。