2010年2月21日日曜日

御岳山


山グッズを揃えたことがあまりのも嬉しくて、その難易度がファミリー向けということにあまり下調べもせずに足を運んだ御岳山。

標高:929m
歩行時間:2時間45分

ということだが、問題は残る雪。山道に人影も全く無く、どこを歩いていって良いのか、道も雪に埋もれてしまって滑る滑る。命の危険を感じ、逃げるように下山。

山、恐るべし。












2010年2月19日金曜日

熊本城 1469 ★★★★★

--------------------------------------------------------
所在地       熊本県熊本市中央区(岡崎公園内)
主な改修者   加藤清正
築城年      1469年–1487年頃
城郭構造    平山城
別名       銀杏城(ぎんなんじょう)
機能        城郭
--------------------------------------------------------


--------------------------------------------------------
日本三名城
--------------------------------------------------------










2010年2月4日木曜日

菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール 2010 Liquidroom ★★★★


アート関係の友人に誘われて、菊池の世界へと足を踏み入れる。

「俺のライブにはドレスアップして来い」って菊池が言うからさぁー。と嬉しそうに着飾った姿で現れる友人とその友人達。始めまして挨拶もそこそこに会場へと足を運ぶ。

渋谷のLiquidroom行われたライブには、「如何にも」 な客層が隙間も無いくらいに埋めつくし、その独特な世界観に酔いしれる。

「今日はあの曲は最高だったねぇー」と早速次のライブのスケジュールをみんなで相談しながらの帰り道。これまた如何にもなかつての学生が目ざとく見つけて、「好きなんですね、菊池」と声をかけて来てくれる。

こういう上質な空間が毎夜生まれては消えていくのが東京の魅力の一つだろうと思いを馳せる。

2010年1月3日日曜日

港七福神めぐり 2010


東京に戻って、ランニングがてらに港区の七福神をめぐり、まゆ守を収集する。

一年良いことがありますように。









2009年11月5日木曜日

「THE ハプスブルク」 国立新美術館 ★★★

写真の誕生までの人類史において、ビジュアル・メディアとして圧倒的地位を確立してきた絵画・肖像画。

娘の叔父で許嫁でもあるオーストリア・レオポルド公へ、マルガリータ・テレサの成長の様子をディエゴ・ベラスケスに描かせ、送り届けさせたスペイン国王フェリペ4世。

産業革命以前の時代、最速の移動手段であった馬車ですら、当時のスペインからオーストリアまでは何日間もかかったであろう。一枚の絵が描かれ、旅し、最後に届けるのは想像力。時間と距離と空間にしっかりと人が介在し、描かれる人物の視線、それを見つめる画家の視点、そしてそれを贈られ受け取るものが絵の中の少女に向ける視線。もの語らぬ一枚の絵が、様々な想いと想像力を身に纏い、何百年もの時間の中で、多様な意味を発し続ける。

インターネットによってもたらされた時間と距離と空間の零への収束。多木浩二が『都市の政治学』で言うように、現代を表象するのは拘束された無能な身体によって行程を切り落とされた飛行機による旅。その目的地は都市のリズムが変速される駅ではなく、どこでもない場所としての空港。

そんな零近辺の時間と距離と空間の感覚を身につけた現代に訪れるのは、ライフスタイルや美的意識の変容ではなくて、零をとなりに見つめる肖像画のもたらす新たなる想像力なのだろうか。


2009年11月4日水曜日

『銀の匙』から『チタンの匙』へ

普段何げなく使うテーブルに並ぶナイフやフォーク。それを手に取ると「これは何々さんとこで作ってる」とはぼ判るという鉄職人の街、燕・三条。「自分達は生まれてずっと鉄に囲まれて生きてきましたから」という職人気質な人達と一緒に携わってきたプロダクトが開催中のデザインタイドに出展されている。

企画は日本の工芸と技術を融合させて、世界に誇れるデザイン・プロダクトを世に出していこうという、日本をこよなく愛する丸若屋さん。http://maru-waka.com/

iPhoneというクラウドの世界に君臨するボーダーレスな商品に日本の伝統工芸と職人技を駆使した新しいカバーを創ろうというのが発端。

ひぐらの鳴く頃、関越道を北上し、磨き技術があまりにすごく、注いだ泡が壊れないために発泡酒がビールになるというエコカップでも知られる職人の街、燕・三条到着。煙管などの街の成り立ちを市の歴史博物館で見学していると、丸若屋さんの携帯にこれから向かう工場の方から電話がはいり「着かれたみたいですね」と。あるいみ町中監視状態の怖るべし職人ネットワーク。 街に入ると、板金、プレス、磨き、挽き物と、業種に分かれた様々なサイズの工場があちこちにみうけられる。お世話になってる工場で内部を見学させて頂き、今回肝になる工程をお願いしようとする別の工場に移動し、チタンによる今回のデザインの打合わせ。形状が複雑な為、なかなかこれという製作方法が思い浮かずにいると、二人の社長は「何々さんとこならできるかもね」と、おもむろに電話をかけだす。すると10分もしないうちに、また別の工場から人がやって来て、「うーん、難しいね」とあーだこーだと相談。そのうちまた電話を取り出し、別のとこから一人来ますからと、今度は叩きでやってくれる人が登場。ネットワーク社会というのを、人レベルで実現している姿に驚かされる。

頭を抱える皆を前に、最初に取り持ってくれた社長さんが言ったのは「見た瞬間、これはあーやって作ってるんだって分かる物をこの街で創っても何も面白く無い。俺達職人が悩んで、アイデア考えて、他の奴らがこれをチタンでどう作ったんだ?って思わせる物作らなきゃつまんないだろ?」と。モノ作りと消費されるように使われる言葉の先には、こうして日本を支える人達が沢山いることを目にして、何だか熱くなる思いがする。 その後、試行錯誤をしながらも、当初のデザイン案はプロトタイプ製作まで間に合わず、別案の展示となった訳だが、その過程の中で、モノ作りの街が、生産拠点が東アジアに移る時勢にどう翻弄されたか、一つのネジの意味や、若手職員の教育方針、街の今後の在り方など様々な話を聞かせて貰えた。

ご飯を食べながらだったが、この街の人は兎に角よく食べる。普通に夕飯を食べ、その後飲みに行き、じゃあ軽くと寿司をつまみ、最後にとラーメンを平らげる。どんなに遅くなろうとも、次の日の朝8時には工場での朝礼を欠かさない。豪快なほど日々しっかりとエネルギーを消費していく。

そんな社長さんが、「鉄というのは豊かさのバロメーターなんですよ。世界には限られた量の鉄しかないなかで、いろんな国がそれを買ったり売ったりして、製品に変えて、使わなくなったらまた再利用していく。国民一人当たりの鉄所要量はホントは豊かさの一番判る基準で、それで見たら日本は世界一なんですよ」と。『銃・病原菌・鉄』で展開される理論で見ても間違いないのであれば、こんどは鉄の再利用から生み出される新しい価値観をもった商品が、この職人の街からどんどん世に出ていき、日本の豊かさを実感させてくれるのだろうと楽しみは尽きない。

「存在感の無い匙を作りたいんです」と、くだんの社長が嬉しそうに見せてくれたのは今製作中という「チタンの匙」。人体に影響の少ない非鉄で作られた匙で食事をすると、なるほどモノの味がよく分かる。「ただ一番機能的に、食感を大切に作っただけです」と言われるが、そこから生まれる数ミリの厚みの違いや形状は間違いなく美しい。

中勘助の『銀の匙』の美しい存在感に対抗する『チタンの匙』の「軽さ」が21世紀の日本の食卓に並ぶ日も遠くはないだろう。


2009年10月26日月曜日

「教育力」 齋藤孝 2007 ★★★

学生相手に建築を教えることが日常として時間を過ごすようになると、出来るだけ多くのことを伝えようと良い本を探し、自分なりに理解した内容や、今まで自ら経験してきた様々なことをできるだけ分かりやすく、それでいて彼らの知的好奇心を刺激できるようにと毎週緊張感を持って生徒に対峙することになる。

しかしある時にそれが、自分がいろんなところで吸収してきた栄養素を大きな巨木が吸い上げていくように、「はい、次は何?」と自分が枯れ果てるまで無限にしゃぶりつくされれてしまうのではないだろうかという恐怖にかられる。

そんな時に「人に何かを教える」とは一体どんなことなのか?と真剣に悩んで手にした一冊。そして読み終えたときに、目から鱗の様な思いを持ち、なんて恥ずかしい考えをしてしまっていたのだろうと猛省させられた。

そんな思いを持つ人間はすぐさま教壇から降りるべきで、教師であるならば、永遠にエネルギーを大地に向かって降り注ぐ太陽の様な明るい存在であるべきで、そこには何からの見返りなどを求めたりはしてはならないということ。エネルギーを取ってくれという人間しか教えるなという。

膝から崩れ落ちるほどのショック。

先生曰く、「教育の根底には憧れを伝染させる力があり、何ものかを目指して飛ぶ、何々がしたい、という願望から学ぶ意欲を掻き立てること」だという。それには教師自身が常に学び続けることが必要であり、学びとはある種の祝祭的瞬間 だという。

小さな頃、全ての授業が好きな本の新しい一ページをめくる様なワクワクした気持ちをもたらしてくれた記憶。夢中だったあの時間の様に生徒にどれだけの影響力をもてるか。専門的力量と人間的魅力をバランスよく運転しながら生徒に対峙する。

「これを知らないと恥ずかしい」という気持ち。それがもたらす更なる向上心と向学心。他人の視線が自己コントロールとして作用する社会性。

「学ぶ」ということをしっかり考えること。闇雲に学ぶよりも、まずは上手い人を「真似る」から始める。では、何が上手いのか?、自分に何が足りてないのか?を分析する。そしてそれらのやるべきことを整理する。その段取り力。スポーツで言う監督やコーチと選手の関係が、教師と生徒でもあるように。

仕事でもそうだが、重要なポイントはメモを取ることが基本。メモができないということは、必要だということが見えていないということ。

「天才」とは上達の達人である。それは意識できるとこまで自分を追い込む。イチロー選手が全てのヒットの理由を言えるように、その準備ができていること。自分が向上する為の段取り力が備わっていること。

全体が見えているということは安心感を与えてくれる。この部屋がどれだけ広いかを知っていると、自分がどこに居たら心地よいかが把握できる。このコースがどれだけ長いかを知らずに走り続けるのは、精神的にもとてもきつい。その為に学び続けること。それは科学的な精神を身に着けること。「失敗」ではなく、「ダメだということが分かったという成功」として次に向かう精神。

世阿弥の 「離見の見(りけんのけん)」の様に、「見所は観客席のことなので客席で見ている観客の目で自分をみよ」ということ。つまり演じる自分とそれを見る自分の二つの時間を同時に生きることの必要性。

こんなにもあっけらかんと、そして圧倒的な知性を持ってなおかつストイックに向上心を忘れない。心臓が脈打つのを終えるときまできっと学ぼうとするのだろうと思えるその姿勢。昨日までの自分の姿勢が恥ずかしくなるのと同時に、すぐにでもアマゾンで紹介された本の大量購入に走らせる一冊。

--------------------------------------------------------
本文中で紹介される本や映画など
------------------
谷崎潤一郎「春琴抄」
世阿弥「風姿花伝」「花鏡」
ルース・ベネディクト「菊と刀」
宮沢賢治「学者アラムハラドに見た着物」
中島敦「名人伝」
音楽 吉田秀和
ピーター・アトキンス 「ガリレオの指」
ウェンディ・ベケット「シスター・ウェンディの名画物語―はじめて出会う西洋絵画史」
ファン・エイク「アルノルフィニ夫妻」
イグナシオ・アグェーロ『100人の子供たちが列車を待っている』
リュミエール 『列車の到着』
----------------------------------------------------------
■目次
まえがき
序章
教えること、学ぶこと
1教育力の基本とは
2真似る力と段取り力
3研究者性、関係の力、テキストさがし
4試験について考え直す
5見抜く力、見守る力
6文化遺産を継承する力
7応答できる体
8アイデンティティを育てる教育
9ノートの本質、プリントの役割
10呼吸、身体、学ぶ構え
あとがき
----------------------------------------------------------