2014年1月23日木曜日

MAD Annual Dinner (年会)

完全なる年末である。

中華新年が一年の中で最大の行事となる中国では、この1週間から人によっては一ヶ月の休みを取る長期休暇に合わせて物事が進んでいく。もちろん多くの中国人が実家のある地方に帰っていく。そして多くの会社では日本でいう忘年会にあたる年会(niánhuì)が行われる。

今年はどんなパーティーにするかでしばらく揉めていたが、数日前にオフィスのマネージャーからすべてのスタッフに、「星座ごとにチームを分けて、それぞれ何かしらのパフォーマンスをすること」という通知が送られる。そんな訳で、香港人のシニア・デザイナーと中国人のアソシエイツと3人の蟹座チームで数日前からあれやこれやと頭を抱える事になる。

まったく演目を考えようとしない二人に頼るのを諦めて、妻にも協力してもらい色々と宴会芸のサイトを調べ、こちらで調達できる道具でできるかどうかを考えて、なんとか演目を決めて、二人と一緒にランチの度に練習をする。

「こういう時にこそ本当の性格と言うのは出るものだな・・・」と少々覚めた目で見ながら、一人で楽しみすぐに脱線する香港人を嗜めながらなんとか決め事を決定する。

そんな感じなのでオフィス全体がソワソワし、なかなかプロジェクトの進行も難しくなる年末。昨年と違って今年は誰も配偶者を連れてこないと言うので、妻には家で留守番をしてもらい、外国人にも人気だという四川料理の会場へ。

総勢60名近いディナーとなり、ちゃんと正装をした司会が英語と中国語で会を進めていく。最初に3名のパートナーからということで、「今年度に特に目立った功績を残したスタッフ」ということで、二人に商品としてアイパッドが送られ、そこからは各スタッフの名前が書かれたくじを引いて3等から徐々に高価になっていく景品を渡すのと、オフィスで行ったアンケートの結果発表を交互に行いながら食事を進める。

オフィスで配られたアンケート用紙には、「誰が一番うるさいスタッフか?」や「誰が一番セクシーか?」などという質問から、「誰が最も優秀なインターンになりうるか?」という質問など。

それぞれの質問でそれなりに盛り上がり、自分もかなりの高得票で「最も優秀なインターン」賞をもらうことになる。

日本の様にきっちりと会が進む訳でもないので、それぞれが勝手に食事を楽しみ、お酒を飲んで、ふんわりと会が進んでいきながら、後半のパフォーマンスへ。

「良く皆、こんな短い時間で準備したな・・・」と思うほどのクオリティーのチームもあれば、チーム内でのコミュニケーションがうまく取れなかったんだなと思えるチームなどそれぞれ。ダンスを踊ったり、寸劇をしたりとチームによっては昨晩ほぼ徹夜で準備に追われたところもあるという。

最後から二番目に登場した我がチームは、緊張のせいか、会場が暗かったせいか、あれだけ練習した3名でのジャグリングがまったくうまくいかず、とぼとぼと肩を落とすことになった。

それにしても商品やパネル、進行から演目まで、とてもじゃないが個人でできる規模ではなく、こうして組織になってきたんだと改めて実感する。

しかしスタッフもインターンも皆とても楽しそうにしているのを見ると、また一年が終わったんだなとなんとも言えない思いに駆られ、23時近くに終わった会から逃げるように外に出ると、一番に失敗した香港人が悠々と先に帰っていくのでジャグリングのボールを後ろから投げつけて家路につくことにする。








2014年1月22日水曜日

「すーちゃん、まいちゃん、さわ子さん」御法川修 2012 ★★★

なんだかとてもホッとする作品。

人気マンガの映画化だというから、なるほどと納得してしまう、なんら大きな事件も起こらない凡庸なる日常を描いた、なんとも「ほんわか」してしまう一作。

かつてのバイト仲間で、今は恋愛や結婚、仕事に悩むアラサー女性のなんともない日常を描いていく。好きだと思える男性に出会えるかどうか、このままで結婚できるのだろうか、家族などの世話で忙しいのにどうやったら出会いに出くわせるのかなど、世の誰もが同じように悩み、過ごしてきた日常を描き、それでも生きていかないといけない、その為に仕事もしていかないといけないという葛藤と、それらの日常の悩みや蓄積する鬱憤を友人との会話で「ザーッ」と洗い流して明日を生きている日常を見せられると、なぜかホッとする。

恐らくマンションの各フロアに一人は、同じように悩み同じような日常を送る女性がいるのだろうと想像する。真面目に生きてきて、決して派手でも、浪費家でもなく、しっかりと毎日を生きていく。

親心からの心配も、逆にプレッシャーとなりすぎて「もう、そのことはいいから」と邪険に扱いながらも、時々に届く仕送りなどに親の子を思う気持ちを受け止める。

そんな風に真面目に、しっかりと人生を生きていて、それほど高望みをしている訳でもないから、きっと自分がいいなと思える男性に出会い、恋愛を始められるはずだと願って何が悪い。と言っても、自分が好意を寄せる男性は、同じように他の多くの女性も好意を寄せるのだという事実にぶち当たる。

「この人かな?」と思った出会いでも、ちょっとしたことだけど、自分にとっては大切な価値観の相違でやっぱり運命の相手ではないのだと思ってしまう。

人生というのは、本当は限られた数人の人と共に歩くもので、決してドラマがある訳でもなく、平凡な中でもそれなりに波風が立ち、心が揺れ動き、そして波が去るまで一緒にいてくれるのは友人なんだと教えてくれる作品。

見終わってから妻に、「女友達と旅行に行きたくなったら、遠慮しないで行っていいんだよ」と声をかけると、なんだかポカンとしながら、「ありがとう」という妻の顔を見て、これが自分の日常なのだと改めて認識する。
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スタッフ
監督 御法川修
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キャスト
柴咲コウ 森本好子(すーちゃん)
真木よう子 岡村まい子(まいちゃん)
寺島しのぶ 林さわ子(さわ子さん)
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作品データ
製作年 2012年
製作国 日本
配給 スールキートス
上映時間 106分
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2014年1月21日火曜日

デフレにならない都市

長期休暇が近づいてくると、その段取りに忙しくなる。

数日間ホテルを渡り歩くわけだから各都市でできるだけ安くホテルを探すことになる。そんなことを何度もやって、日本の各地方で同じような事をしていると地方ごとの比較が良く見えてくる。

観光客が多く訪れ、常に人気を保つ京都などの観光都市。
ビジネス客が常に出入りする東京や大阪などの経済の中心都市。
地方の経済活動の中心となりつつ、一定の規模を保つ熊本や仙台などの地域拠点都市。
各地域の拠点近くに位置し、温泉や観光資源が保たれる都市。
それらよりも更に周縁に位置し、数少ない観光資源を糧にして生き延びる地方都市。

中心では常に人が行き来するため価格も高めに設定されるが、その分競争原理も働くので、ある程度低い価格のホテルも見つけることが出来る。これは地方の拠点都市でも同じで、ある程度の地域での経済規模を持ちながら、外からの観光、ビジネス客が常にでいるする都市において、健全な競争原理が働き、ある程度の価格の幅が存在する。

しかし、国全体の経済の発展の枠内からやや取り残され、それでも地場の産業でなんとかやりくりをしている都市においては、新規参入による競争原理が働く事もなく、決して全体的に見て適正価格ではないが、ほかにチョイスが無い為に高い価格に据え置かれているという都市も多く存在する。

逆に自らが周縁に位置する事を十分に自覚し、低価格に抑えられた生活コストを反映するかのように、低価格で多くのものを提供してくれる様な都市もある。

そういう様々な都市を実際見てみると、やはり競争原理が働か無いにも拘らず、地元の富裕層はそのまま裕福なままで今を過ごし、外部との循環は徐々に途切れ、ローカルなガラパゴスを形成しているようにしか映らない。

駅前商店街に歯抜けのように現れるエイリアンのような立体駐車場。その脇で怪しく光る「代行」の広告。

デフレ脱却と声高に叫んだアベノミクス。しかしデフレが起こるのは競争原理が働くからであり、マーケットが競争に値すると値踏みをした土地での事。

そこにはデフレからも見放された都市が多くあり、大手は徐々に撤退し、コンビニすら簡単には見つけられなくなっている。

それが田舎ではなく都市であること。

かつて一度はその土地の持つ力、分相応な規模よりも遥かに大きく発展しようとしたツケが、スカスカの現在を作っている。ハコ物の公共建築と同じくらいに肥大した地方都市。

それらの都市にもう一度人の流れをつくり、活気を取り戻し、より大きなスケールの一部に取り込みながら、徐々に適正な規模に修正していく。その途中には既得権益を保持する側からのとてつもない反抗が起こるのは想像に難くない。

大きな大きな不良債権を抱えたような現代日本。30年後はどんな地方都市の風景が広がっているのか楽しみだ。

2014年1月19日日曜日

「攻殻機動隊ARISE border:1 Ghost Pain」 黄瀬和哉 2013 ★

これほど人気シリーズになると、一体どれを見たのか?そしてそれぞれがどういう関係性か非常に分かりにくくなるが、押井守、神山健治と続いたシリーズの更なるアニメ化で、公安9課(攻殻機動隊)の創設される前の物語だと言う。その割には、キャラクターが一新されていたりと、どうにも関係性が分かりにくい・・・

黄瀬和哉を監督に向かえ新たなるアニメ化といことで、新しい世界観や映像ならではの表現方法が見られるのか?と期待するがそうでもないようである。

押井守によるアニメ化が1995年に公開され、それから20年近く経った今新たなるアニメ化を見ると、最初の衝撃がどれだけ強く、世界観がどれだけ緻密に構築されていたか。

見終わった後に、残念だが一つの衝撃の賞味期限が近づいて、そろそろ新たなるまったく新しいアニメならではの表現をする作品が出てきてもおかしくないのだろうと勝手に想像を膨らませる。

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スタッフ
総監督 黄瀬和哉
監督 むらた雅彦
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キャスト
坂本真綾 草薙素子
塾一久 荒巻大輔
松田健一郎 バトー
新垣樽助 トグサ
檀臣幸 イシカワ
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作品データ
製作年 2013年
製作国 日本
配給 東宝
上映時間 59分
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「下流大学が日本を滅ぼす!――ひよわな”お客様”世代の増殖」 三浦展 2008 ★★★

数年前まで大学で若い学生相手に建築の設計を教える機会をいただいていた。

「人に何かを教える」ということについて、随分悩み、教育とは何だろうと今まで手にしない様な本を手にし、と同時に専門の内容も古典から現代までできるだけアップデートしながら毎年新学期に望む、そんな生活を数年に渡って過ごしていた。

そんな訳で学生の質の変容だけでなく、学校の体制や他の教師の面々など、様々なことを感じながら過ごした数年間の後だからこそ、この一冊が随分実感を伴って読み進めることが出来る。

恐らく現代においては、多くの学生が目的意識などなく、学習意欲など無いにも関わらず、取り合えず大学くらい行っておかないと、大学くらい出てないと就職にも不利だから、などという消極的な理由にて大学受験を行っているのだろう。


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今や大学を選ばなければ誰でも大学生になれる時代なのだ。

バカが多い大学はイヤだという噂が広まると、受験生が減って、学生が減って、大学がつぶれて、自分が失業するからである。

大学によるバカの大量生産
大学自らの保身の為にバカを大量生産している
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という導入部分に見られるように、全入時代を迎える前からも、一部のトップ大学以外においては、定員数の学生を得続ける為に、ある種の客商売のようなことが横行し、大学がその教育の質ではなく、他のサービスで学生とその親に媚び始めていたのは間違いないのであろう。

大学というのは、特別な専門知識を身につけるための場所であり、そこに通うのは贅沢であるのと同時に、ある種の選ばれたものでしか与えられなかった権利という時代のイメージだけが残りながらも、とうの昔に実体は大きく変わってしまった現代の日本。

「大学が商売になる」ということを嗅ぎつけ大学を増やし、本来なら若者に専門知識を教えるような立場に付けるようなレベルでない人々にも教授と言う安定した収入と立場を与え、本来なら大学に通うことなく、高校卒業と共に、社会に出てそれぞれの技能を身につけていくべき立場の人間も、親が援助してくれ、対して勉強もできないけどなぜだか入れる大学があるから、何とはなしに大学になって4年間を無為に過ごす。

一般的な社会を構成する為に、その何%に当たる人が大学という専門的知識を巳に付けていなければ社会が成立しえないか?といったら、恐らく20%にも満たないのではと思わずにいられない。

つまりは、高校卒業くらいの知識があれば、十分に幸福な職業人としての人生が送れるべきであり、大学へ進学するのは国や地域の為に役に立つべく高度な専門知識を得るために、大変な努力をし、その権利をつかんだ人間だけに与えられる時間であるべきであろう。

社会が成熟するにつれて、大学への進学率が上がるのは止められない。経済が成長するにつれて、それぞれの親が子供により高い学歴を得させたいと思うのが、競争社会においては避けられない。

しかしそれを放置することが本当に社会にとって良いことであろうかどうかは、政府なり誰かがしっかりと議論をするべきであることもまた事実。


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・私立大学では一般入試での合格者が半数以下
こどもの数が減ったから
進学率を上げないと学生の数が足りなくなる 学生が足りないと大学がつぶれちゃう
AO入試 アドミッションズ・オフィス入試

・AO入試組はウソつきばかり?
辛い受験勉強をしないAO入試組は一般入試組と学力において大きな差
大学が完全に大衆化
精神力は体力に比例する

・生き残りをかけた値引き合戦
大学側の生き残り戦略以外の何者でもない
・若者の人気スポットに大学集中

・学歴社会はより強固になっている
・酒の飲み方くらい大学時代に覚えるべきだ
・大学の先生自体が下流だ
・高校は職業に結びつかない
自分の会社の中でだけ通用する人間では生き残れない

・大学を出たけど何をしていいのかわからない
・大学も甘ければ、親も甘い
家族の問題
子供をペット化している
愛情と言うものを誤解しているのではないか
本来は自立するためにしつけとか教育をしていかなきゃいけないはずなのに、それは全部学校に任せている。いい大学、いい会社に入れることが親の役割と錯覚している人が圧倒的に多いのではないだろうか。
・授業料欲しさに高学歴ニートを量産

・教育費に圧殺される家計
・大学全入は大学貧乏と下流を増やす

・大学進学率は20%に
・職業大学をつくる
・若者を早く社会に出す
・大学では教養が必須
・履修ではなく習得を重視する
・大学の数を減らせる
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上記の様に本書の中で展開されるのは、大学の自己保身、大学教授の利権確保の為に、本来大学に進学する必要の無い水準の学生達が、親の経済的裕福さのお陰と、授業料さえもらえればいいという意識の低い大学サイドの思惑に乗せられて大学に入学し、結局何も身につけることなく卒業していき、どうしようもないレベルの低い社会人を大量生産しており、この現象は国に何の利益ももたらさないどころか、この利権構造はこの国の将来すら蝕むので、この際教育制度の改革をしたらどうかという内容。

恐らくどんなレベルの高いといわれる大学でも、本当に学問に喜びを感じ、自らの将来の為に日々ストイックに学ぶ学生と言うのは1割ほどというところだろう。8割ほどが可も無く不可もなく、ほどほどで単位を取得し、1割ほどが落ちこぼれる。そんなところか。

どんなに理想を掲げても、それでも社会は確固たる学歴社会がまかり通る。自分の子には苦労をかけたくなかったら、少しでもよい大学にいって学歴的優位性を手に入れさせたいのが親心。

しかし人口が減っていき、人口構成のバランスも変わっていくこれからの日本。今までの様な形では国が持たなくなるのは目に見えている中で、歪な構造はどうにかして修正していかなければいけない問題のど真ん中に位置するであろう教育の問題。

「こんな聞いたこともない学校で一体何を学んでいるのだろう?」と思うような大学にも、そこで教壇にたって学生の相手をしている教授がいる事実。一体その教授はどんな背景を持ってその場にたどり着いたのだろうかと勝手な想像を働かせたくなるものである。

専門的向上心の無い人物の昔取った杵柄とかなんやらで、ただただ安定した生活の糧として授業を受けることになることほど青春の浪費に違いない。と同時に、何の為に授業に出ているのかも考えることも、自分の将来がどういう風に進むのかも考えることも無く、ただただ惰性で単位の為に出席する学生相手の授業も同じくらい無為であろう。

若者が減り、生活水準が上がり、国の形が変わろうとする現代。今こそ教育、そして大学の在り方を再度考え、定義しなおす時期に違いない。大学が努力をし、学問を望むものだけの特別な場所であり、その難関を突破した学生にはドイツの様に、無料ほどの授業費で学問をさせてあげ、若くて活力に溢れ、まさに職業的向上を求める教授達の熱のある儒教を与えてあげるべきであろう。

その為には基準に満たない大学にはあっという間に消えてもらい、基準を満たした大学にも同じく、内部で既得権益となっている部門や学部にはメスをいれ、大いにスリム化と若返りを図ってもらいたいものである。

地域格差などと言うかもしれないが、やはり高度の学問を得るためには中心に出て行くことは避けられないであろう。中心までの距離が大きければ大きいほど、その人々の決意も強くなるであろう。

大学ほど既得権益の温床になりやすいところはないと本書でもあるが、国の根底を支える学問と、国の将来を担う人材を育成する大切な機関だからこそ、あるべき姿に少しでも早く戻って欲しいと願わずにいられない。

そうでなければこの世界的競争時代。誰がそんなデメリットの多い日本の大学に子供を通わせようというのだろうか?という時代がやってきてしまうと思わずにいられない。

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目次
第1章 大学がバカ学生を大量生産する
・偏差値48の高校からでも上智大学に推薦入学できる
・私立大学では一般入試での合格者が半数以下
・AO入試組はウソつきばかり?
・AO入試は見直しの方向
・証言①AO入試がバカを生む
・菓子パンの食べ残しが教室に散乱する女子大
・バカも大切なお客様
・証言②こんなバカ学生がいる
・泡を吹いて倒れる学生
・打たれ弱い、うつ気味の学生が増加
・メールで同期に「おはよう!」
・仕事のトラブルも同期に相談
・証言③打たれ弱い、すぐ泣く学生たち
・体力がない
・証言④いじめ世代の若者達
・時間のゆとりのない、ゆとり教育
・妙にまじめ
・証言⑤冗談が通じない学生たち
・証言⑥ゆとり世代の大学生
・大学こそが学力低下の原因
・教養の崩壊
・大学に学力低下を批判される筋合いは無い
・参考資料①学生の56%は基礎学力が無い
・参考資料②新しい学習指導要領の主なポイント

第2章 お客様化する学生とモンスター・ペアレンツ
・今の大学教師はファミリーレストランの店員みたいなもの
・クレーマー化する親
・宿題を出すとパワハラだと言う、バカ親
・モンスター・ペアレンツ急増
・消費者の歪んだ、サド的快感
・ファミレス、回転寿司化する大学
・証言⑦モンスター・ペアレンツ
・幼児化する学生
・ビデオカメラを持った親が、武道館に溢れる入学式
・低階層の親ほど、大学に文句を言うのか?
・子離れしない親
・証言⑧なぜ、モンスター・ペアレンツが生まれたのか?
・授業評価制度で、ますます増徴する学生
・証言⑨増長するバカ学生
・タレント教授花盛り
・忙しい有名人の為の新たな役職「特任教授」
・大学は吉本に運営してもらえ
・生き残りをかけた値引き合戦
・若者の人気スポットに大学集中

第3章 バカ学生は社会では通用しない
・今の新入社員は大人免疫力がない
・お客様大学生からお客様社員へ
・証言⑩新人教育で疲れ果てる
・同期同士がほめあうのはいじめの影響?
・証言⑪ゆとり社員に四苦八苦
・学歴社会はより強固になっている
・証言⑫企業人事部が重視する学歴
・大学が入学させるべき人間の基準は何なのか?
・酒の飲み方くらい大学時代に覚えるべきだ
・大学の先生自体が下流だ
・大卒者の72%が「友達づくり」に大学の意義を見出している
・社会科学系の大学生ほど何も得ていない
・経済学なんてわからない
・高校は職業に結びつかない
・高校にきてから教えても遅い
・大学を出たけど何をしていいのかわからない
・大学も甘ければ、親も甘い
・証言⑬子離れしない親達
・友達が作れない大学生、国立大の休学率は約20年で3倍
・授業料欲しさに高学歴ニートを量産
・大学院まで行って社会不適応者

第4章 「大学貧乏」の登場
・大学生のいる家庭の平均年収は低下
・教育費に圧殺される家計
・ケース1 通勤を車から自転車に変えて学費捻出
・ケース2 年収750万円の半分が娘の為に飛んでいく
・ケース3 両親の思いと裏腹に遊びまくる息子
・ケース4 大学進学のため、マイホームの頭金を切り崩す
・ケース5 無理やり大学に入れたが、バイトのほうがためになるという息子
・ケース6 ホステスをクビにして学費を捻出
・東大がタダの時代
・大学生の4割が奨学金制度を利用しているが
・ケース1 飲み大に消える奨学金
・ケース2 車を基準に大学を選ぶ
・ケース3 入学と同時に水商売を始める
・ケース4 入学金が払えずに二浪して授業料を貯める
・ケース5 奨学金をパチンコで使い果たすギャンブル狂女子
・大学全入は大学貧乏と下流を増やす

提言 オンライン大学で下流脱出を
・教育制度改革の提案
・大学進学率は20%に
・職業大学をつくる
・若者を早く社会に出す
・大学では教養が必須
・履修ではなく習得を重視する
・オンライン大学の提案
・地域格差、教育格差が縮小する
・時間に縛られずに学習できる
・学歴主義の解消
・教授の負担が軽減
・大学の数を減らせる
・地域拠点を作って交流の場に
・心の弱い若者はどうする?
・生活の知恵を学べる総合学習なら意味がある
・生活能力の格差を縮める
・携帯電話で大学に通う

あとがき
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2014年1月18日土曜日

兎の評価

中華新年の休みに入る前に、以前行ったもらった鍼灸師に自宅に来てもらって鍼を打ってもらうことにする。そんな訳で自宅に鍼灸師のおばさんと、その相方のおばさんが一緒になってやってくる。

相変わらず元気で、常に喋り捲る二人。

前回の鍼灸の後、身体の状態はどうか?」とか、「あの後早く寝ているのか?」なんて、とにかく喋り捲る。この二人に限らないが人民はとにかく元気。日本人の3倍くらいのエネルギーがあるのではないだろうかと思ってしまう。

お茶を出す妻がキッチンに入ってしまうので、一人で二人を相手にする。

「これは困ったなぁ・・・何を話そうか」と思っていたら、机の上に転がっていた木彫りを手にする相方のおばちゃん。

「木彫り好きなの?」と聞いてくるので、「毎年、その一年の干支を一年かけて彫っているんだ」というと、「私も以前木彫りをやっていたんだ」と話が弾む。「まさかこんなところで木彫りが役立つとは・・・」とほくそ笑む。

「これは何だ?」と手に取ったのは、リミットを中華新年に伸ばしたばかりだが、中華新年休みに日本に戻り、のこぎりなどを買ってから再開しようとリミットを伸ばしていた今年の蛇。まだ木から形が出てくる前なので、確かに何かなんだか分からない。

「これはまだ未完成だから」と言うと、「こっちは何だ?」と手にされたのは去年の干支を模した竜の落とし子。「そりゃ分からないよね・・・」と思うが、その横にある動物を手にしたおばちゃんが、「これは兎でしょ。これは分かるよ」と。

そう言われるとなんだか嬉しくなってしまう。「まぁまぁだけどね」なんていいながら、ぜひとも辰も巳も評価されるまでに彫りこんでやろうと決意する。

2014年1月15日水曜日

二重の搾取

またまただが、「ごちそうさん」を見ていて感じる違和感。

それはあれだけ豊かな食事を毎日いただき、家族の誰もが汲々とすることなく、忙しいといっても現代の働き方とは比べ物にならないほどのんびりしたもので、世間様に恥ずかしくない暮らしを送っているその経済性。

前回の「あまちゃん」でもそうだが、朝ドラに経済性の裏づけをつっこむのは余りにも粋じゃないとは分かりつつも、大黒柱一人の給料で、どうやって今でいったら大家族の豊かな生活を支える事ができるのか?制作サイドは誰もその違和感を感じなかったのか逆に不思議になってしまう。

今のような「土地持ち」が「持てる者」として君臨する時代でもなかったので、家賃は無しなのであろう。現代に比べて恐らく食材費もかなり安かったに違いない。現代人の様に、ひっきりなしに外食に出る事もそうそうなかっただろう。光熱費だって、空調もなければ、洗濯機も無いので、今に比べたら相当低額で抑えられたということか。

それに多くの人数が同じメニューを食べると言うスケールメリットが発生して相当額の圧縮が期待できるといっても、現代の様に一人が働いてなんとか一人の生活が成り立つ時代から見たら、それぞれの項目をどう圧縮していっても、一人の収入で7人もの生活を支えるということは到底想像できないであろう。

そう考えたら、やはり社会の基盤レベルで何かが変わってしまったのだと想像したくなる。個人レベルで皆が働かないと生きていけないそんな社会にされてしまった。労働時間は増えているのに、決して生活が豊かになっていないそんな社会の歪は、どこかで誰かに自動的に搾取をされてしまうからと思わずにいられない。

それは労働の時に発生する搾取と、支出の時に発生する搾取に分けられる。労働力として会社に雇われる身においては、提供する労働力が市場で評価される報酬に対して、会社が仲介として会社が評価する報酬としてギャップが生まれる。

逆に適正価格から大きく外れて市場に出回り、「持てる者」を保護する為に設定された価格でしか生活をできない支出時の搾取。

この二重の搾取が、自由主義経済によって推し進められ、賢く立ち回れる側か、真面目にどんだけ頑張っても搾取の下部構造に留まる側か。

どう考えてもその構造がおかしいと思われるので、いつまでも続くとは思わないし、この構造を元に、上部構造に入り込む事が豊かだと思う事もしたくないのならば、やはり新しい健全な社会の姿をどこかで想像し始めないといけないのだろうと、朝ドラを見ながら想像を膨らませる。