2010年12月12日日曜日

「ユージニア」 恩田陸 角川文庫 2008 ★★★★
















当たり外れが激しいのが恩田陸。「夜のピクニック」から「ライオンハート」への落差には驚いたが、まぁその時々に、書きたいことを自由に書いている人なんだろうと思う。

そんな中、また書きたいことを書きたいように書いたんだなと思う物語。「イニシエーション・ラブ」のようなどんでん返しも待ち受けず、真実なんかどうでもいいでしょ、と言わんばかりの素振り。残るのは、今年の様にひたすら厚い夏の日々と、音と匂い。ただしそれがなんだか心地いい。

目の見えない人物が登場することで、世界の描写のしかたが一気に視覚から聴覚・嗅覚へと振られる。本のタイトルが意味することも、関係者の言葉として書かれる各章での情報の錯綜も、ミステリーとしての最低限のマナーとしての犯人像も、そんなものはどうでもよくて、音と匂いと皮膚感を頼りに暑かった夏を書いてみたかった、そんな言葉が聞こえてきそうな、名にたがわない日本推理作家協会賞受賞の傑作ミステリー。

2010年12月10日金曜日

「天空への回廊」 笹本稜平 光文社文庫 2004 ★★★★
















アイガーに続くは世界最高峰ヒマラヤ。人間が生命活動を保持出来る、ギリギリの高さに世界最高峰があるというのは神のイタズラか。

その過酷さは、壊死して落とされる指をもたらす寒さでもなく、打ち付けたピッケルもテントも全て白に還元してしまう雪でもなく、世界最大の空中ブランコよろしく、身体ごと氷の壁にぶちつける風でもなくて、身体が一つの肺になったと思うほどの酸素の薄さをもたらすその高度。

わずかな休息の中で沸かしたお茶をふくむ事で、酸素を運ぶヘモグロビンが血流の中で流れだすのが見えるような過酷さ。頂上付近のたった数百Mが、1000M下での数時間の活動よりも厳しいという1/3の酸素量での活動。

宇宙から見ると、皮膚のようにうっすらと地球を取り巻く大気。その大気に生を守られ、さらのその皮膚の中でも微妙なバランスで日常が送られていること。

冷戦時に大国が産み落とし、宇宙に残された核の傘を巡っての暴走の跡。インド、中国、ミャンマー、ネパールと微妙な政治学の働く国境付近に落とされた衛星に隠された秘密。それぞれが様々な思惑を持って、軍さえも無意味化してしまう世界最高峰の高度での探索活動の為に、居合わせた世界トップクラスの登山家、サトシ・マキの能力に世界の明日が託される。

600ページを超える冒険長編だが、さすがは笹本稜平。飽きさせることなく読み切らす。寒い冬を前にぜひの一冊。

2010年12月8日水曜日

彦根城 1622 ★★★

















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所在地  滋賀県彦根市金亀町
城郭構造   平山城
別名  金亀城
築城   1622
機能   城郭
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日本100名城
国宝
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琵琶湖の湖東・長浜まで足を運ぶ用事があり、スムースに敷地視察が終わったので、近江八幡か大津、出来れば比叡山と思っていたが、電車の時間を逆算し、ギリギリ行ける彦根まで戻って国宝・彦根城を見に行くことに。

駅前から琵琶湖に向かって伸びる銀杏並木をてくてく一人で歩くと、久々に建築を見に行くだけが目的のストレスから解放された時間を感じる。天気同様気分が良い。

建築を見に行くことは取り敢えず数時間でも、やるべきことからの現実逃避。誰も自分の事を知らない場所で好きに歩き回り、勝手なペースで好きなところを見れて、好き勝手に考えを巡らす。そこで出会うのがよい建築だと、なお気分が良いし、それが何よりの気分転換となって帰ってこれる。

雁行しながら表門からお堀の水面を眺め、折れて入り込む西洋の門とは違った領域へと入り、これは谷口吉生のアプローチだな・・・と思いながら、天主を目指して山道を歩き、高さが変わるごとに、違う方向に見えてくるのはかつての城下町の景色と大きな琵琶湖の風景。

この城を守った井伊氏といえば、徳川四天王の井伊直政。関が原の戦いでも武田遺臣の赤備え軍隊で獅子奮迅の働きをした。城を造るのに当たって地形をしっかり読んがのが良く分かる、まさに土木と建築の狭間の空間。折れながら進む道の先に、盛り上がった地形の延長として建物が現れる。その先を理解させないという防御の意味合いと、「見ること」は「見られること」で、侵入者に対する攻撃の意味合いの二つがしっかりとアイ・ストップとして風景に溶けている。

それでいながら、その場所ごとに自然がしっかりと融合されて、飽きることなく坂道を上がりきるとすっくりと天主が聳え立ち、眼下に琵琶湖を臨む。

葉の落ちた広葉樹の立つ広大な庭に、地上には見えてこない地下での根の張り方の攻防によって、極めて収束するように等間隔になる自然のグリッドを堪能しながら、その中に王のように聳える大木を脇目に、今度は坂を下りながら城の表情を伺う。

同じ塀に内と外とで違う高さがあるということを実感しながら、こういう風景を建築でつくれたらそれは間違いなく傑作だろうなという秀逸な構成をみせる自然の凄さを思いながら、濁った緑に陽が当たり、鈍く光る水面に必死に日光を浴びようと枝を伸ばす木々たちの写り込みを脇に、玄宮園を観賞してぐるりと入り口まで戻ってくる。

今度は出て行く場所としての城壁に、水平の長さと部分の高さによって絶妙な構成を見て、最後は護国神社で奇数間のシンメトリーの世界を拝む。全体的になんといってもコンポジションの美しさに満ち溢れ、これほどに多様な場面をもつのは、やはり国宝に値する名城だと思いながら、彦根を後にする。
























































































































































































































































































































































































































2010年12月4日土曜日

「街並みの美学」 芦原義信 1979 ★★★











武蔵野美術大学図書館(藤本壮介)を見に行って、印象に残っていたのはその横の芦原義信による武蔵野美術大学アトリエ棟。グリッド状に上下2層に配された中庭空間を学生達が自由に使って、声の聞こえてくるとても穏やかな空間だった。そんな空間を見た後に、名著「街並みの美学」を読み返す。学生の時に読んだ痕跡が残っているから、10年振りというとこだが、やはり含蓄深いよい本である。

1 空間領域に関する考察
・内部と外部では「建築とは自然から切り取られた内部の空間を含む実態のこと」と定義し、床、壁、天井という3要素によって実態的に限定され、限定された大きさを有する内部空間としての建築の宿命として際立った境界線を必要とする。無限の大きさの建築というものがありえないように、建築の本質に境界の存在がある。つまり建築の歴史とは「内部」と「外部」とを区別する技術であり、境界から内に向かって求心的に空間を秩序立てる方法とする。

日本では、靴を掃いている空間は「外部」、靴を脱いでいる空間は「内部」でそこに現れる重要な違い。和辻哲郎『風土』を引きながら、西洋式ホテルと旅館での「内部」と「外部」との境界の置き方に注目し、西欧的雰囲気は独立した個の対立による外的秩序の空間で、日本的雰囲気は個の集合による内的秩序の空間とする。

・壁の意義では、最も大切な境界は「壁」の存在であり、ヨーロッパの住まいにおける庇護性としての壁の意義を描く。組積造と軸組み構造に現れる壁の厚みの違い。真壁造りに代表される日本の壁は柱の寸法より小さく、柱より飛び出しているのは長押と天井回り縁のみ。熱伝導率の小さい畳式の家屋では、床面にじかに布団をひき、組積造の家の熱伝導率が畳より大きい石では、身体と床面を離す事が必要とする。組積造でが窓や出入り口は厚い重い壁からくりぬいたものであり、軸組み構造では柱と柱の間を以下に埋めて壁を作るか。

・都市の囲いでは、都市においても「境界」が存在する。アッシジ、サンジミニャーノのような城壁都市では、一軒の建築のように都市が存在する。L・マンフォードの「誰でも都市の中にいるか、外にいるかのどちらか」という言葉をひき、境界が無いと不安というサン・テグジュペリの「城砦」に言及しながら、日本と西欧の秩序空間の境界線の違いを描く。

2 街並みの構成
・街路と建築との関係では、イタリア人は出会いの場としてピアッツァを、イギリス人は出会わない休息の場としてパークをもち、「はじめて訪れる時は地図をもつ。そこに描かれている街路が退屈であれば都市も退屈」という、ジェーン・ジェイコブスの言葉より、田圃とあぜ道との関係の様に、人が歩いて道になるという自然発生的村落形態の延長としての日本の街路の成り立ちと、起点・終点はっきりした西欧の街路の違いを論じる。街の中に誰かがなんとなく見張っている・ストリート・ウォッチャーの不在する日本の街路を描き、かつての京都の木格子では、暗いほうから明るいほうをみることができるが、明るいほうから暗いほうは見えないという内部からの母親の領域性を発見する。

・街路の構成では、イタリアでは外壁の足元まできちっと舗装されているのに対し、残部空間として現れる日本の街路から、
ゲシュタルト心理学のエドガー・ルビン「盃の図」を経由し、メッツガー『視覚の法則』の実際に見ることが出来るのは 「立体」とかの印象を与えるものだけ、という言葉を介して、境界線はどちらか一方、同時に両者の輪郭線となることはない、とし、「図」と「地」になりうる西欧の街路に対し、曖昧な日本の街路を対比させる。

・D/H幅と高さの比率では、ダ・ヴィンチが理想としたD/H=1に対して、バロックのD/H=2、京都のD/H=1.3の意味を描く。

・広場の美学では、ヴェローナのエルベとシニョーリ広場、シエナのカンポ広場、ボローニャのマジョーレ広場、ヴェネツィアのサン・マルコ広、ローマのカンピドリオ広場、バロック期のローマのサン・ピエトロ広場、ナヴォーナ広場を紹介し、広場が広場として成立する条件として
①境界線がはっきりしていて「図」となりうること、それは建築の外壁がのぞましい
②閉鎖条件をよくするような「入り隅」のコーナーをもつこと
③境界まで舗装が完備、空間領域が明瞭 
④統一と調和 D/Hが良い比率
とする。

・入り隅みの空間では、元来なかなか成立しにくい都市における入り隅の空間を開設し、「図」としてより見やすくなり、水の流れがよどむ様に、人々がたむろする空間として都市への導入を進言する。

・サンクン・ガーデンの技法とインメディアシーの原理では、質の高い閉鎖的な外部空間として、一部を道路面より下げて、低い庭としてのサンクン・ガーデンの例としてロックフェラー・センターを挙げる。外部に開かれたその例に対し、自己完結的な独立した空間、環境から遮断として日本の新宿御苑、六義園、小石川植物園が挙げられ、半閉鎖式の例として、日比谷公園が挙げられる。

・建築の外観の見え方に関する考察 -第一次輪郭線と第二次輪郭線ーでは、外壁から突出しているものが街並みを形成している日本の現状より、建築の本来の外観を決定している形態を第一次輪郭線。突出物や一時的な付加物による形態を第二次輪郭線とし、アジア諸国の街並みは主に、第二次輪郭線で決定されている。それはつまり、ゲシュタルト的な「図」となることを不可能とする。

・俯瞰景 - 見下ろすことの意味では、モンマルトルの丘のサクレ・クール教会、ローマの7つの丘など都市における見下ろすの重要性を説く。俯瞰景を増やすこと、坂のある街、階段のある街、丘のある街、港の見える丘がある街が魅力的だということを解説する。

3 住いや都市環境への提言と工夫
・小さな空間の価値では、都市における「小さい空間」にはどのような意味がるか再考し、便利さ、スピード感、匿名性という都市の魅力に対し、その逆として、個人的、静寂、創造的、誌的、人間的が求められるとする。代表的な例として、「庭付きの住まい」のスケールとして、実際自分が手をだせる自然があることが重要とする。

・夜景-「図」と「地」の逆転では、郷愁とかあるいは逆に生きがいなどは夕暮れから夜にかけて感ずるのかもしれない、という言葉から始まり、夜景における窓の意味を、反射光でモノを見る場合、透過光でモノを見る場合の反転としてとらえる。開口部の大きい和風建築は昼の建築であるに対して、北欧などの空間は反射光による室内の構成とする。

・記憶に残る空間では、ケヴィン・リンチの「都市のイメージ」より、都市は人々によってイメージされるものである、それゆえに、わかりやすさは、パス paths, エッジ edges ディストリクト districts ノード nodes ランドマーク landmarkより決定され、日本に都市における威厳や気品、沈着、忍耐を現す樹木の少なさを嘆く。同時に、日本の都市を小説に書くことは困難とし、対極にブラジルの新首都・ブラジリアを解説する。

4 世界の景観の分析
・いくつかの問題点では、土地所有者の私権の擁護がはるかに優先された東京の街並みの、重要道路沿いの商業地区の指定は、一体どのような都市のイメージでできているのか?この土地とは関係ない通過交通が通り過ぎてゆくのは無残極まりないとする。

・パディントンのテラス・ハウスと京都の町家では、ヴィクトリアン・スタイルのテラス・ハウスが建ち並んだシドニーの古い住宅地の装飾的なすかし模様のある駐鉄製の手摺が街並みとして統一感を与える例を紹介。

・チステルニーノとエーゲ海の島々では、一軒の大きな建築のような都市の例を紹介する。

・ペルシャの街 - イスファハンでは、テヘランをイランの東京、イスファハンを京都となぞらえ、「メイダン・イ・シャー」王の広場前の線状のバザール街・ナダール・アルダランの建築空間的には焦点がないことを解説し、扉とか間仕切りというものがなく、全ての空間は連続している空間性を紹介する。

・チャンディガールとブラジリアでは、ル・コルビュジェの図面の美しさ、一枚の図面によって表現されることを大切にしている姿に対して、その建物の使いにくさ、住みにくさを率直に表現し、それに対して、ルチオ・コスタのブラジリアの可能性を説く。

5 結び—近代建築のゆくえ
・あとがきでは、和辻哲郎の言葉、塀は町の周囲につくるものであって、庭園の周囲につくるものではない。ということで締める。

2010年12月2日木曜日

人生の透過性

早4年目となる、早稲田芸術学校での卒業設計の指導。

学生生活の最後を締めくくるべく、自らの選んだテーマに沿って、自らの選んだ敷地に建築を計画する。選ばれてくる敷地を見ていくと、自分の生まれ育った地か、現在生活を営んでいる地のどちらかという、大きな二つの流れがあり、そこに込められた各人の過ごしてきた時間への思い入れ。自らの生活があるからこそ、見えてくる問題点や、やりたいこと。そんな思いを聞きながら、この時期はグーグル・マップでの日本旅行に連れて行ってもらえる気分に浸れる。

渋谷、銀座、品川、乃木坂といった都心から、、芹が谷の様な郊外、鯖江、佐伯の地方都市、中野ブロードウェイ、竪穴抗といった個別の建築物まで、各学生の身体を通した視点で様々な街を歩き回り、彼らが過ごした時間の中で見てきた風景を思うと、卒業設計というテーマと敷地が既に、各個人の人生を透過させる一つの結晶体のように感じずにいられない。

自分とは違った視線を持ちながら、知らない街を歩ける時間に感謝しながら、社会性だとか、何を作るべきかとか頭を悩ませる学生に少しでもヒントを与えられるように、こちらも同じく頭を悩ませる。

一枚の絵でも模型でも図面でも、自分の人生の透過性を結実させ、世界中どこにいっても自信を持って、自分は建築を志し、こんなモノをつくるんだと、胸を張って言えるような、そんな作品に導けるように今日もまた、彼らの眼を借りて空想の中で街を歩く。

2010年12月1日水曜日

ギア

冬を目の前にした北京にやってくる。

大学の授業に穴を空けないように、進行中のプロジェクトに影響が出ないようにと四苦八苦しながら、逃げるようにして日曜の夜から日本を離れる。

空港から市内に向かう高速道路。思えば、7年前のこの時期に初めて北京にやってきて、あまりの暗さに驚きを感じていたのを思い出す。23時半着のフライトにも関わらず、家に泊まるか、ホテルの方がいいか?と聞いてくるパートナーにありがたさを感じながら、タクシーでホテルに向かい、すっかりゲート・ウェイの役割を果たし始めたスティーブン・ホール設計のMoMAを過ぎて、いよいよ市内へ到着を感じる。

国際都市北京といえども、まだまだ一般レベルでの英語の普及は及んでおらず、オリンピックという国家イベントの波が上海・広州へと流れて行った後では、一時の歓迎ムードも影を潜め、街並みは変われど、人はすっかりオリンピック前の姿に戻ったような感じだ。

暫くぶりに中国に来ると、錆びついている言語に驚くが、空港到着し、タクシーの中で行き先を伝えながら、恐らく思考回路も勝手にギアを変えるのが、つっかえながらも言葉がでてくるのに、人間の脳内活動の美しさを感じる。

言語によって意思伝達が制限されると、行動ももちろん制限されるが、精神的に大きな足かせになる。日常レベルでは問題ないといっても、日本にいることと比べれば、実際できるのは10歳足らずの子供レベルとなんら変わらないことになる。いやそれ以下か?遅いネット接続や、制限されるページ閲覧も同様に身体への制限として現れる。

強引な単語と文法を並べての会話を日本語の場合に置き換えてみたり、言い回しが分からないために押し込めた言葉などを考えると、なかなかの低レベルでの生活を行っているんだと思わずにいられない。今の状況を冷静に判断して、日本語が自由に使える環境に比べて、自由度は英語だと70%、中国語だと40%というのがよいところか。そんな不完全な身体を補完するために、普段以上の洞察力と観察力を引っ張り出して、なんとか上積みを稼ぐ。

そんなことを感じながら、言葉が分からなく、地理的な把握も、知り合いすらいない状況で、一人空港に投げ出される状況を考えると、それは恐怖だろうなと感じる。旅行や、誰かが手配してくれる状況ならまだしも、信じられるのは自分の中に貯めてきた経験と、知識と、状況判断。その引き出しを引っかきまわしながら、なんとか身体を動かし続ける覚悟を突き付けてくる場所が、現代の空港なんだと。

情報を追うことが目的となるような惰性のテレビをつけることもなく、過剰に消費を促すコンビニもない中で、必要最小限の贅肉の落ちた生活の中で、制限された身体に向き合うと、生まれてくるのはじっくりと考える時間で、その時間の中で思ったことを、再度ギアを変えた時の身体でも忘れないようにと書き綴る。


「北壁の死闘」 ボブ・ラングレー 創元推理文庫 1987 ★★★★★













アイガー北壁で見つかる凍死体。その胸に刻まれた鉤十時。なぜ40年前のナチ兵士の死体がこの難攻不落の雪山で見つかるのか?彼は一体誰なのか?そして彼が経験した壮絶な物語とは?

冒頭で与えられる命題がしっかりと最後まで効いて、冒険小説として、そしてスゴ本としてかならず名が挙がる傑作。冒険小説としては笹本稜平は外せないが、英国の良質かつスケールの大きさはまた味わい深いものだと実感出来る。

一時期の勢いが過去の話となりつつある、敗戦前夜のナチ。その中でくり広げられる、人類史場最強の兵器・原子爆弾の開発競争。先を行くアメリカの研究を率いる物理学者。アルプス奥地で研究を進めるその学者の奪還こそが、ナチの山岳隊に与えられた最大のミッション。

印象的なのは、何時の間にか一人の人格のように扱われる山自体。大きく、強く、厳しく、優しいアルプスの頂。遠くからは優雅で美しいその姿の近くでは、全く違う表情を見せているのか。いつかはアルプスに足を運びたくなる極上の★5つ。