2011年3月20日日曜日

僕は怖くない 1

「僕は怖くない」。

そんなタイトルのイタリア映画があった。自分が理解できない、分からないものに出会った時の恐怖は、実像よりも増大していく。柳のお化けも一緒で人間の想像力が負の方向に働いたときに、脅威となって跳ね返ってくる。

ならば知ればいい。少なくとも知れば、恐怖はやわらげることができる。

今、日本に一番求められるのは、国民の安心。

ならば、皆で知ればいい。

一週間、怖いからこそ調べ、もう嫌だと思うからこそ、考えた。家族の命を守るためにも、これから、皆で考えればいい。


テレビ、ネット、ツイッターと情報格差が顕著に出たネット時代の震災だが、高齢者、子供を含めた国全体への情報の伝達というと、やはりテレビの力は絶大だと感じる。街に出た時と、家の中でテレビをつけている時では、圧倒的に情報量が違うと誰でも感じたのではないか。

一秒が生死を分かつからこそ、緊急災害速報を公民関係なく最速で国民の目に届けるために、今回のNHKと他の民放の間にあった数分の差を埋めることも必要だが、DVDや録画番組などを見ている人などにも情報が届くように、放送局独自に災害速報を流す方式から、メーカーと気象庁と放送局が協同して、地デジを利用してダイレクトに気象庁から各家庭に放送が流れ、それは番組や放送局関係なく、その時表示されている映像を感知し、一番見えやすい表示として現れるプログラムが必要だと思う。

その情報は同時に、ドコモ・ソフトバンク・AU・携帯各社と連動して、携帯の待ち受けにも強制的に表示されるべきだろう。この時の通信の飽和に対しては、スマートフォンでSNSアプリを携帯している端末には優先してそちらに表示がされ、端末ごとに一つのメッセージとすれば対応できそうな気がする。各携帯会社と行政とスカイプやフェイスブックを含めたSNSの連携も必要か。

今後の携帯の発展から考えると、予想震度に対して、音声でのインストラクションが最低限の情報を、「海溝型地震、震源○○、予想震度××」と言ってもらえれば、少なくとも迎える準備は整うはず。

1981年に改正された耐震法に則った建物ならば、今回の様に数百年に一度の地震で震度6-7でも、倒壊せずに人命は守る設計になっており、数十年に一度と想定される震度5強ならば、損傷もない設計になっている。

つまり地震で建物は壊れない。

建築家と構造家と施工会社を信頼できるのなら、落下物からの安全を確保できていれば、安心であるはず。だからこそ、マンションやビルのオーナーは直ぐにでもテナントや借り手に自身のビルの耐震状態について説明するべきであると思う。正確な情報でどの様な建物に住んでいるのか、知らせることも持つ者の義務ではないだろうか。

築年数が古すぎたり、設計に信頼のおけないビルであるならば、狭い面積に4本の柱があり、倒れて来ても倒れるスペースの無いトイレまで駆け込むのが一番か・・・

つまり怖いのは、パニックと、津波と、人。

これだけ事前の準備ができていれば、さぁこいという気持ちでその時を迎えられ、あの一瞬、何が起こったかわからないパニックから少しでも距離を置けるはず。


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