2010年12月25日土曜日

「永遠の旅行者」 橘玲 上・下 幻冬舎文庫 2008 ★★★★★
















「夜のピクニック」ではないが、読み終えて、もっと早く、少なくとも大学生あたりに出会ってれば、違った方向に人生が振れていたのかもしれないと思わせてくれる悔しさを感じさせるほど濃密な一冊。

名を明かされない作中の町。海に浮かぶドーム型の水槽と、内海に開放されたイルカの背が月明かりに照らし出される。その描写に、自分が足を運んだことのある場所だと気づくと、突然小説の中の風景が一変する。そんな場面が何度も登場する、とても不思議なお話。

世界にひかれた不可視のラインによって分けられた国家の境界線を、そよ風のように軽々と飛び越えて、元弁護士となることで、非居住者として納税の義務からも逃れ、「人生に意味があるとかないとか、そんなのうんざりだ」、といいながら海の見える場所を旅するPE:永遠の旅行者。

トランク一つに入るもののみが自分の必要十分な所有物だと思える軽さを持った生活に、誰もが一度は憧れを感じると思うが、それを実行するには、目に見えない国家や法といった多くの境界線をも越えていかなければいけないということを教えてくれる。

「自由な個人集まる社会は、必然的に巨大な国家権力を要請する。人は、自由になればなるほど、不自由になる。」

楽園の瑕、水族館の夜、廃墟の天使、ビッグアイランドの雪、悪徳の街、永遠の午後。と、各章のタイトルもくすぐったくなるほどのセンス。

ゾロアスター教の開祖の名前をドイツ語表記したニーチェの著書の中の言葉を借りながら世界を見つめ、「ロスト・イン・トランスレーション」でどうしようもない落ち目のハリウッドスターが人妻とプラトニック・ラブを繰り広げる某ホテルで、主人公が新宿駅の売店で買ったという本を読みながら、イギリス人作者が現代の道徳の崩壊を嘆き、現代にアリストテレスの知恵を蘇らせるべきだというのに対して、「どのようにすれば、古代ギリシャの哲人がこんなしょぼくれた時代にやってきてくれるというのか」という、とんでもなくスパイスの効いた眼差し。

大学時代を過ごしたという高田馬場。シベリア帰還兵が過ごした外モンゴル・ウランバートル。市の政策として、国・州・市から援助を受けて運営される簡易宿泊施設・ホームレスシェルターの現状を描くニュー・ヨーク。南国に雪を降らせると約束したハワイ。そして東京。

「天使を助けてくれ」と始まり、
「天使に手をだすな」と脅され、
「天使に会いに行く」と海の見える街に向かい、
「天使を助けた」と褒められ、
「天使に助けられた」と認識する。

「この世でもっとも恐ろしい真実は、過ぎ去った時は取り戻せないということ」

各分野を横断する総合知を持った作者だからこそ描け、なおかつディテールもしっかりしているからこその深みを感じることができる作品。2010の最後に至極の一冊に出会えたことに感謝する。

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