2013年7月20日土曜日

神倉神社(かみくらじんじゃ) 128 ★★★★


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所在地 和歌山県新宮市神倉
主祭神 天照大神、高倉下命
社格  村社
創建  128
機能  寺社
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世界遺産
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この新宮市で一番気になっていた神社がこの神倉神社。熊野三山の速玉神社。その起源はこの神倉神社が鎮座する神倉山にある大きなカエルのような巨石にあると知り、ぜひとも足を運んでみたいと思っていた場所。

主要道路からすぐの場所にあるはずだが、どうも神社への入り口がナビではいまいち分からずに、駐車場までどうやってたどり着いていいのかナビも迷いながら住宅街の細い道をいく。

那智までの時間を考えると滞在時間は30分がいいところだろうと想定し、見たところそんなに険しい山でも無さそうなので大丈夫だろうと思いながら、見つけた駐車場に車を入れる。頭から入れるタイプの慣れない駐車場なので、やや余裕を持って停車させる。

やや奥の車が出にくいかな?と思いはするが、こんな平日の昼間に参拝に来る人も少ないだろうから、数台停まっている車はきっと神社関係の人の車だろうと勝手に思い込み、やり直す時間を惜しみながら、その人たちが出るまでにはどうせ戻って来ているだろうということで境内へ向かう。

朱色の橋を渡り境内に入るが、どこから中に入るのか分からずキョロキョロする。すると左の方に石階段とその途中に朱色の鳥居が見えてくる。「これかな?」と思って足を進めると、相当険しい石階段があるか上まで続いている。

「これは思っていたよりも相当厳しいぞ・・・」と思いながら、気合を入れて登りはじめる。一段一段が膝くらいの高さに達し、あっという間に汗だくに。息は上がり、「まじか・・・」と思いながら上を見上げる。

すると、上から子供連れの家族が降りてくる。「まずいな・・・」と思いながら、「あとどれくらいですかね?」と聞くと、「結構ありますよ」と返ってくる。これは間に合わないなということで、「車で来られてますか?」と聞いて、「申し訳ないですが、駐車がうまくいかずにちょっと出にくくなってしまっているかも知れないですけど・・・」とだけ先に伝えておく。

それでも、できるだけ早く戻ってきたいなと思いながら、気持ちは焦るが、階段は一向に緩やかになる様子を見せない。これは妻を連れてきていたら、あっと間にギブアップしていただろうと想像しながら、なんとかもう少しだろうと足を進める。

「一体どれくらいかかるのか・・・」と思っていると、やっと平らに視界が開ける。その先には小さな鳥居が。鳥居を潜ると、岩肌が大きな面に変わり、それを追って視線を上げていくと、その上には注連縄を回された大きな岩が。そしてその岩に人が手をくっつけてお祈りしてる姿。

「え?これが本殿?」と思い視線を先に向けると、結構な数の人がいる。巨石の下には小さな社殿があり、とにかくそこまでいってまずはお参り。そして巨石に触れて再度お参り。振り向くと新宮市の街並みが下に広がっている絶景。

ぐるりと回ると、一組の夫婦が先ほどの斜めの岩の上まで上がって、なにやら岩の間に向かってお参りしている様子。そこにも何かあるのか?と思い、しょうがないから岩場を這い蹲るように上まで上る。

近くで見れば見るほどカエルに見えるこの巨石。ゴトビキ岩と呼ばれ、この地方の方言で「ヒキガエル」を意味すると後で知るが、それも納得の姿。この巨石がご神体として祀られているのがこの神倉神社。

熊野三山の一山である熊野速玉大社の摂社であり、伝承によると熊野権現が諸国遍歴の末に、熊野で最初に降臨した場所であると説かれている。つまりはこの場所が熊野信仰の根源的な聖地であるわけである。かつての人は自然の力を畏れ敬い、その自然の奇跡としてこの巨石を崇めていたのが理解できる。

ある時からこの旧社地から「新しい宮」として山の下に位置する神様が速玉大社に移されたとされている。

そんな訳で、「ゴトビキ岩」の手前斜面に「袈裟石」と呼ばれる露出した岩盤を上りきり、「ゴトビキ岩」の側面にアプローチすると、そこには岩の隙間が出来ており、白い玉砂利が敷かれた場所がある。これは経塚(きょうづか)の遺構だという。ここでも手を合わせてお参りをし、再度岩に触れて斜面を下る。

帰りも腰が引けながら険しい石階段を下りていくと、下からは3歳くらいの子供達が楽しそうに身体全体を使って登ってくる。下からは親御さんが、「気をつけてねー」というのんびりとした声。その姿にこの山がどれだけ地元の人に愛されているのかを垣間見る。

標高120mの神倉山。山や巨木、そして美しい滝や巨石。自然が生み出す素晴らしい奇跡や風景に、どの時代の人間も畏敬の念を感じ、神の存在を感じ取ってきた。時代と共に変わり行く社会。その社会によって変化していく価値。その中でも自然の中で生きる人間として、こういう自然の成せる神秘に何かを感じることができる場所がまだあると言うことは、やはり素晴らしいことだと思わずにいられない。

この石階段。源頼朝が寄進したと伝えられ、急勾配の鎌倉積み石段は全部で538段と言われている。有名な「お燈祭(おとうまつり)」では、松明を手にした大勢の男たちがこの石段を駆け下りるらしい。暗闇の中、際しい石段を危険を顧みずに駆け下りるいくつもの光。その姿は驚くほどに美しいと言われる。

いつかぜひ見てみたいものだと思いながら、下りるのにも汗だくになり到着する駐車場。消えている奥の車を見つけ、急いでいてもきっちり駐車はすべきだと教訓を得て次なる那智へ車を出発させる。
















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