2013年10月3日木曜日

「乙女の密告」 赤染晶子 2010 ★

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143回(2010年上半期)芥川賞受賞
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飛行機で移動する用事があるとパッキングの段階で一番頭を悩ませるのがどの本を持っていくか?自分がこの世の中で一番嫌うものの一つに、読書くらいしか出来ないような状態で、読むべき本が手元に無いということだから、いつも文庫、新書、建築本とバランスを取りながら計4-6冊ほどを広げて「うーん・・」と悩む。

そういう時に、薄めの本だとひょっとしてあっという間に読み終えてしまうのではとなかなか時間を読みにくい。そんな悩ましい時間は、同時になんとも楽しい時間でもある訳である。

そんな訳で考慮した結果持っていたこの一冊は、思ったとおりに北京から日本への飛行機の中であっという間に読み終えてしまう。

冒頭のシーン。関西の語学大学。シーンとした教室の中で、丈の長いスカートに身を包んだ「乙女」達が、静かにノートを取り、辞書を引きながら勉強をしている。教室の窓から吹き込んだ風は、ひらりと桜の花びらを運んできて、一緒に吹き込んだ花の香りにふと顔を上げる何人かの乙女達。

そんな具体的な臭いまで香ってきそうな想像力を刺激する書き出し。やはり日本の女性はこういう理知的で清楚な乙女であってほしいという世の男性の願いも同時に刺激される。

物語はドイツ語を学ぶ乙女達が、先生であるバッハマン教授の厳しい指導のもと、スピーチ・コンテストに向けて努力をしながら、乙女らしい悩みを抱え、群集の心の葛藤が、ナチスに追われ身を隠しながら、自らのアイデンティティーに苦しんだアンネの日記に重ねられて物語が進行する。

ユダヤ人だから密告されたアンネは、ユダヤ人であることから解放されようとしつつも、自らをユダヤ人たらしめる自分の名前を決して忘れることは無かったように、スピーチに立つ乙女に必ず訪れる「忘れる」ことの恐怖を重ね合わせ、物語の緊張感を高めていく。

恐らくこのような手法は、文学の中でも随分確立されている手法なのだと思うし、この物語の中でも効果的に使われているのだろうと感じ取ることが出来る。それが芥川賞にも相応しい作品としているのだろうが、冒頭のシーンがなんとも心地の良い描写の仕方だっただけに、その若き乙女たちのいる教室の華やいだ明るい春のリズムをもって全体を描いたほうが自分好みだったなと思わずにいられない。

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