正月に自転車で向かった実家の近くのショッピング・モール。
自分には欲しい本もCDもなかった。新年が始まったばかりなのに、行きたいところも、会いたい人もいなかった。
何もない平凡な生活から逃れるため、出会い系サイトへアクセスする男と女。
母親に捨てられ、幼くして祖父母に引き取られ、ヘルス嬢を真剣に好きになり、祖父母の手伝いに明け暮れる日々をおくる男。
出会い系サイトで知り合った男と佐賀駅前で待ち合わせをするが、自分は行くはずがないと心の中では言いながら、着替えて駅に向かう足。言い訳とそれに反する身体。会ってがっかりされたらと恐れる心。メールで知り合った男と会うくらい何でもないと心の中で繰り返す女。
寂しさを紛らわせるためだけに、生きていくのは、もううんざりだった。寂しくないように笑っているのはもう嫌だった。
獰猛な男の性欲。それを欲しているのが知られたくないと思う女。
セックスなんかどうでもよかった。ただ抱き合える誰かが欲しかった。誰でもいい訳じゃない。自分のことを抱きたいと思ってる人に抱かれたい。
暇つぶしに登録したサイトで知り合った女に突然死なれて、途方に暮れている男たちが大勢いて、素人の娼婦と娼婦の素人なら、どちらがエロティックかと考える男がいる。
誰がいったい悪人なのか?
平凡な今の日本の地方の日常をただひたすら正直に、眈々と描き出す。桐野夏生が「グロテスク」で描いた女の正直な欲望に対して、吉田修一は現代の寂しさを普通の言葉で描く。
ドラマの様な出会いも、映画の様な華やかな毎日も無い、平凡な生活の中に埋もれる普通の人々の姿だからこその圧倒的なリアリティー。
誰かに愛されたい。誰かに愛される事が自分の生に意味を与えてくれるという期待。満たされない寂しさ。翻弄される心と身体。
毎日出版文化賞と大佛次郎賞受賞も納得の、「現代」を浮かび上がらせる、至極の一冊。
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