2013年9月22日日曜日

「中国行きのスロウ・ボート」 村上春樹 1983 ★★

村上春樹の初めての短編集。

そう聞くと、何故だか考えることなく受け取ってしまうが、よくよく考えたら1979年の「風の歌を聴け」発表後に書かれた短編を1983年にまとめて一冊にしたもの。収められているものも一度に書いた訳ではなく、数年の中で書かれたもの。その発表日時は以下の様になっている。

1980 中国行きのスロウ・ボート  (1980年『海』4月号)
1980 貧乏な叔母さんの話 (1980年『新潮』12月号)
1981 ニューヨーク炭鉱の悲劇(1981年『BRUTUS』3月15日号)
1981 カンガルー通信 (1981年『新潮』10月号)
1982 午後の最後の芝生 (1982年『宝島』8月号)
1982 土の中の彼女の小さな犬(1982年『すばる』11月号)
1982 シドニーのグリーン・ストリート (1982年『海』臨時増刊「子どもの宇宙」12月号)

初期の作品ということは、今までの人生の中で溜まりに溜まった書きたい題材や、さまざま言葉達が不器用な形で流れ出す、その作家の起点とも言えるような時期。

今や押しも押されぬ世界のムラカミ。その物書きの天才でも、最初から凄かった訳ではないだろう。建築家だって長い年月を重ねていく中で、徐々に自分のスタイルが確立していき、何処で何を気をつけるべきか、素材の扱い方やコストの中でのやりくりなど、時間が糧となって味を出してくれる。

もちろん、「さすが処女作からきらりと光るものがある」的な言い方をする人もいるだろうが、ところどころに現われる独特の言い回しには「らしさ」が感じられるが、それでも前半の数編は自分にはあまりピンこない一冊。

そう思いながらある種の我慢を伴って読み進めていくと、後半三作は調子が変わってかなり楽しめる。「あれ?」と思ってその書かれた時期を調べてみると上記の様に、2年ほどの時間に沿いながら書かれてきたことを理解する。恐らく「書く」ことを職業として、今までに溜め込んできた言葉にどう筋をつけてあげるのがいいのか手探りながら徐々に「らしさ」の感覚をつかんでいった時期なのだろうと勝手に想像する。

全体に渡って技法がまだまだ確立されていないので、荒削りだがそのやろうとすることがむき出しのままで露にされている印象。それが良く分かるのが6作目の「土の中の彼女の小さな犬」の構成。

雨で出かけることのできないホテルに一人で滞在
ホテルの誰も使わなくなった図書館でゲームをする謎めいた女
手に意識を落とす女
その手についた匂い
その匂いの元は銀行手帳
その銀行手帳には死んだ犬の匂いがついている
それが一緒に箱に埋められている

物語の中の入れ子構造。そして最後にぐるりと最初に戻ってくる。読者の意識はそれぞれの段階での主題。そこに目が行く為に、本来の主題はすっかり頭の片すみに追いやられる。そしてぐるぐるついて回るってくると、角を曲がったとたんに最初の主題が顔を出す。そんな感覚。

必死に続けるながらかつやっていることをちゃんと分析し続けることで、徐々に自分「らしさ」が見えてくる。その持続と離見の見を持ち続け、どんなにゆっくりでも歩みを止めないこと。それがプロフェッショナルの基礎なのだと改めて理解する一冊。

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