冬を目の前にした北京にやってくる。
大学の授業に穴を空けないように、進行中のプロジェクトに影響が出ないようにと四苦八苦しながら、逃げるようにして日曜の夜から日本を離れる。
空港から市内に向かう高速道路。思えば、7年前のこの時期に初めて北京にやってきて、あまりの暗さに驚きを感じていたのを思い出す。23時半着のフライトにも関わらず、家に泊まるか、ホテルの方がいいか?と聞いてくるパートナーにありがたさを感じながら、タクシーでホテルに向かい、すっかりゲート・ウェイの役割を果たし始めたスティーブン・ホール設計のMoMAを過ぎて、いよいよ市内へ到着を感じる。
国際都市北京といえども、まだまだ一般レベルでの英語の普及は及んでおらず、オリンピックという国家イベントの波が上海・広州へと流れて行った後では、一時の歓迎ムードも影を潜め、街並みは変われど、人はすっかりオリンピック前の姿に戻ったような感じだ。
暫くぶりに中国に来ると、錆びついている言語に驚くが、空港到着し、タクシーの中で行き先を伝えながら、恐らく思考回路も勝手にギアを変えるのが、つっかえながらも言葉がでてくるのに、人間の脳内活動の美しさを感じる。
言語によって意思伝達が制限されると、行動ももちろん制限されるが、精神的に大きな足かせになる。日常レベルでは問題ないといっても、日本にいることと比べれば、実際できるのは10歳足らずの子供レベルとなんら変わらないことになる。いやそれ以下か?遅いネット接続や、制限されるページ閲覧も同様に身体への制限として現れる。
強引な単語と文法を並べての会話を日本語の場合に置き換えてみたり、言い回しが分からないために押し込めた言葉などを考えると、なかなかの低レベルでの生活を行っているんだと思わずにいられない。今の状況を冷静に判断して、日本語が自由に使える環境に比べて、自由度は英語だと70%、中国語だと40%というのがよいところか。そんな不完全な身体を補完するために、普段以上の洞察力と観察力を引っ張り出して、なんとか上積みを稼ぐ。
そんなことを感じながら、言葉が分からなく、地理的な把握も、知り合いすらいない状況で、一人空港に投げ出される状況を考えると、それは恐怖だろうなと感じる。旅行や、誰かが手配してくれる状況ならまだしも、信じられるのは自分の中に貯めてきた経験と、知識と、状況判断。その引き出しを引っかきまわしながら、なんとか身体を動かし続ける覚悟を突き付けてくる場所が、現代の空港なんだと。
情報を追うことが目的となるような惰性のテレビをつけることもなく、過剰に消費を促すコンビニもない中で、必要最小限の贅肉の落ちた生活の中で、制限された身体に向き合うと、生まれてくるのはじっくりと考える時間で、その時間の中で思ったことを、再度ギアを変えた時の身体でも忘れないようにと書き綴る。
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