2014年4月10日木曜日

ストイックさ

良く耳にするようになった「ストイック」という言葉。英語の「stoic」から来ているのだが、その語源はトア学派の哲学者の克己禁欲主義を信奉する人のことを指し、「自分の欲望を抑え情念に動かされることなく幸福を得ようとするさま」という。

この言葉に値する現代日本人として上げられるのが、かつてこのモスクワのサッカー・クラブに所属した本田圭介。2010年2月にモスクワを拠点とするCSKAモスクワ(チェスカ・モスクワ)に入団し、中心選手として活躍し2013年12月の退団まで約4年をこの地で過ごしたことになる。

このモスクワの地に数日滞在しただけでも良く分かるが、この地で外国人として生きることのハードルの高さ。グローバル化が進んだ世界では、世界中ほとんどの場所に行っても英語さえできれば、それなりの苦労は取り除くことが出来る。

しかしこのロシアにおていはその常識が通用しない。恐らく世界の数少ない英語がまったく通用しない国の一つであるのではないだろうか。このモスクワの状況を見たら、日本の英語教育がレベルが低い、効果が出てない、長いこと学習しても実際に話せるようになっていない、国際人が育っていない。などという議論が馬鹿馬鹿しく見えてくるほどである。モスクワのあとでは日本の英語教育は相当にレベルが高いと言わざるを得ない。

それほど、英語という言語ツールが通用しない場所、モスクワ。

新しい日常となる場所で、言語というハードルがあるのはどれだけ人間の行動を不自由にするか。恐らくチームが専属の通訳をつけて、家族のケアや移動時の運転も行ってくれていたのに違いないが、それでも自分が一人の人間として、その地で生活を営む上で言語が障壁となるのは精神的にも肉体的にもかなりの負担となる。

それを今回の滞在中に地下鉄やバス、街中での現地人への質問でどれほど思い知らされたか。そのストレスを抱えながらこの地で自らの職業的能力の向上、そしてキャリアアップを目指した彼の精神力と、それを支えた家族の精神力にはまさにストイックと言う言葉が相応しいと思わずにいられない。

言葉の次にはその地でのライフスタイル。ほとんどのヨーロッパの国では、首都クラスの都市になれば、ある程度の物資やサービスは揃っていると考えていいだろう。日本食材を買えるスーパーがあったり、日本人の経営する日本料理屋があったりする。そして外国人として楽しめるようなレストランやバーなどもかなり充実しているはずである。

しかしこのモスクワで夜に出歩いても、あまりそのような雰囲気は感じられない。それに加え、あまり生活の中での娯楽に関する面が見えずらい。恐らくロシア人が楽しむ程度には十分に多様な場所があるのだろうが、恐らく外国人でストレスを感じずに楽しめるような場所は他のヨーロッパ諸国の大都市に比べて圧倒的に少ないと思われる。

つまりはそのような他のヨーロッパ諸国の主要リーグに所属するサッカー選手とは、日常を送るというレベルで既に厳しさが違ってきてしまう。それをクリアした上で、職業人としてのサッカーの技能を高める必要がある訳である。

これは本当に凄いことだと、自らがその都市を体験した後に理解できる。

まさに「自分に厳しく欲望に流されない人」、「禁欲的」という意味にの「ストイック」な時間の過ごし方ができる選手に違いなく、それを家族としっかりと共有できている人間性を持っているのだろうと勝手に想像し、自らの日常の過ごし方を改めて振り返ることにする。

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