2013年3月12日火曜日

「共喰い」 田中慎弥 2012 ★★★


ネットリするような「粘性」とここまで届きそうな「匂い」。

「釣り」も「川」も「女」も「血」も、形を変えども前編を通して共通するのは「時間」を「生きる」上で避けては通れない、「粘性」と「匂い」。


「川と違ってどこにでも流れていて、もしいやなら遠回りしたり追い越したり、場合によっては止めたり殺したりもできそうな、時間というものを、なんの工夫もなく一方的に受け止め、その時間と一緒に一歩ずつ進んできた結果、川辺はいつの間にか後退し、住人は、時間の流れと川の流れを完全に混同してしまっているのだった。」


むっとするような匂いに包まれた、こんなリアリティのある街の物語。都市化とは生活から「匂い」をとり、限りなく「透明」にしていくことだとしたら、現代都市とはまったく正反対の不条理に囲まれた街。現代都市で見えないフィルムに囲まれて生きていく人々の価値観から見ると、決して良いとは言えないその環境。一体このリアリティはどこから来るのかと見てみると、作者は下関出身だという。これはぜひとも一度足を運んでみないといけない都市のリストに追加しないとほくそ笑む。


「何もかもが遠ざかって消えてゆく感じがする。なのに、昔からこの川辺にあって何も変わらない全てのものが、いまのまま残り続けてゆきそうでもあった。」


世間一般で言われるような負のスパイラル。遺伝する格差によって生まれたときから決まっている「当たり前」。そこにいれば、それはそれで日常になり、抜け出したいとは頭の隅で思いながらも、それなりに楽しいことも悲しいこともあって時間が過ぎていく、その圧倒的なリアリティ。

生理の時は鳥居をくぐってはいけないだとか、川が女の割れ目だとか、セックスの時に殴りつけるとか、後頭部を鈍器で殴られたときのような苦い味が口の中で広がっていくその感じ。まさに「重みだけでどこまでも沈んでいゆくという感じ」。

そんな中で生きているのに、登場する女性の誰一人すら悲壮感を感じさせない。どこでも適応するのはまずは女性ということか。まさに女の強さ。芥川賞受賞が納得の現代らしい一冊であろう。
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第146回芥川賞受賞
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