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所在地 静岡県下田市蓮台寺
設計 鈴木了二
竣工 2010
機能 個人住宅
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秋の始まりを感じながら、伊豆の海岸線を南下したどり着いたのは黒船来航の地・下田。早稲田大学芸術学校で一緒に教鞭をとらせていただいている鈴木了二先生の最新作品、下田の住宅 物質試行50のオープンハウスに呼んでいただき、ワクワクしながら135号線をひたすら下る。
最近、つくづく思うことは、一人の建築家が本当の意味で、全てのことを自分の身体で理解して、設計に反映できる規模の臨界点は個人住宅なのではということである。それぞれのプロジェクトの規模には振り幅があるが、内装、個人住宅、集合住宅、商業施設、オフィス、ホテル、公共施設、都市計画とさまざまなタイポロジーの中、個人で施主の信頼を受け、敷地調査をし、予算のコントロールをしながら、関連法規をクリアしつつも、施主の求める生活を形にし、隈研吾の嘆く「とりあえず、見積もりの取れる図面」にならないように毎日頭を抱え、構造、空調、工務店とのよいチームワークを形成しながらも、コンセント一つに至るまで納まりと素材を理解しながら、それを全て図面化し徹底する作業を行うには、必ずどこかに物理的臨界点が現れてしまう。
「禁断のパンダ」の有名レストランの料理長のように、自分は手を動かさずに全体をコントロールする指揮者としてプロジェクトを監理する能力が、ある規模以上では必ず必要とは頭では理解できるが、図面を見ながら、左手を壁に添えて、ぐるっと図面の中を歩いて、その手に触れる感触が全て図面に現れるような、自分の身体をもって設計を進めるという作業にどうしても後ろ髪を引かれるというのが、誰もがかかえるジレンマであるのはしょうがなく、最適化と効率化が、職能に対する体のよい免罪符にならないように、急いで歩ける規模はやっぱり個人住宅が限度なのかと思わずにいられない。
さて、見せていただいた住宅は、今も一緒に学校で生徒を教える大親友が物件を担当したということもあり、設計過程からいろいろと話を聞かせてもらっており、かなり設計者として自己同一化できる内容でもあったので、非常に楽しみにしていた。
第一印象はその大きさ。周辺は木造二階建ての住宅街に、手前に引きをとってスクッと立ち上がる白の壁面。一瞬なにが建っているのか理解できないのは、その白さだけではなく、これが何か、を理解するスケールの物差しがないが為。人がモノを見るときに、自然と基準となる対象物を脳の中で探し、それを基にして脳の中で自分なりに再構成を行い、安心できる世界を構築するから日常生活を送れるのだが、それが建築の場合は、周辺の建物や、各部屋を示唆する窓の大きさとそれが位置する階の存在。そして階段という身体のスケール。加えて、設備という異物としてのスケール。
通常与えられるそのようなスケールの物差しがまったく与えられない正面ファサード。上部が窪んだまさにホワイトキューブ。「私は個人住宅です」と、頼んでもいないのに、雄弁に喋ってしまうものを剥ぎ取り、一見、何もないように見せるこの潔さの為に費やされた、設計に対する異物を排除する作業と立体的にヴォイドを内部に貫入させ、立体的なコートヤードタイプでプランをまとめた計画。スケールを変えても破綻しないプロポーション。面と開口の関係のみに還元された建築。ひっそりと物を語らぬファサードに迎えられて感じるのは、基準を失った恐怖と不安感。
壁に穿たれた正方形の開口と、地盤面から微妙に持ち上げられることにより、縁側のように境界を作るテラスはそのまま室内へと延長される。玄関という機能は剥ぎ取られ、2000mmから4500mmまで一気に高さを変えるキッチンダイニングにアクセス。その床は、外部テラスのコンクリート板の硬質を受け継ぎ、現場内コンクリートの磨き出しで、内部に膨張材を仕込む為に目地無しの絶対水平へと変換される。この風合いを出すのはかなり大変だったようだが、かなりの綺麗に仕上がっており、そこに触れる壁面との取り合いは、15mmのコーナービートで薄くだが、しっかりと見切られる。
ルイス・バラガンも好んで使うが、低い天井高さより一気に高い天井高さの空間へと放り込まれるときのコントラストによって生まれる解放感でと、同面でつながるテラスによって、一階はかなりの広さを感じる空間で心地よい。一部吊られ、一部天井に埋め込まれた金物にはめられたシームレスのスリムラインで、照明器具から、一本の線へと還元された光と、上部から差し込む自然光によって、白の壁面でも場所によって様々な表情を見せてくれる。
変則二階建てで、コンクリート造や鉄骨造でやる入り組んだ空間構成を、木造のトラスを組み込むことで、壁面に現れる厚みも、通常予想するものよりも、格段と薄く全体のプロポーションをすっきりとまとめている。室内の移動動線は、幅600に押さえられ、これまた不思議なプロポーションを見せるのだが、常に立体的なヴォイドに部分的につながっているために、不思議と窮屈な感じを受けずにすむ。
建築の仕上ラインを家具の側板の仕上げ分凹ませることで、工程における境界線を見せず、抱き込んで、塗装で同一に仕上ることで窓枠の見切りを消し去り、コンセントも壁面同面で、底目地で見切って凸感を無くす徹底した白への還元。壁面に沿わして歩いた手の痕跡が、何重にも浮き上がってきそうな詳細部分。もちろん、テラスのインターホンにもstカバーで面一に押さえらている。北側とテラスに向けられた開口部は、少し壁面から凸して取り付けられ、通常のサッシからはかなり離れたプロポーションを作り出す。
縦にも横にも何度も図面上を歩き回って、指紋をふき取るように消し去られた様々な境界線。指先の感触が変わるたびに、入隅、出隅と身体の方向性を振れるたびに、何度も速度を緩めながら、頭を抱え、消しては描く重ねられる線。これから住まう施主が何年、何十年かけてたどり着くその膨大な移動距離こそが、よい空間の発芽を促すとすっかり納得し、これから自分で歩かなければいけない距離に思いを馳せる。
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