2010年4月15日木曜日

散る桜 残る桜も 散る桜

江戸時代の僧侶であり歌人であった良寛の辞世の句。どんな生命も等しくいつかは死を迎える運命を秘めており、満開の桜と散りゆく桜に生と死の対比を感じ取ることにより、いっそうの生命の輝きを感じるという主旨で、神風特攻隊の話でも必ず引用される句である。

今年もあっという間に桜が散ってしまった。そんな姿を見て、建築家の友人となぜ桜は葉よりも花が先に咲くのだろうかと話をしていた。

桜は接木をして育てるから、受粉しなくてよいのでは?なんて盛り上がり、それなら自身のクローンを作ってるってことなのか?それならクラゲと同じオートポイエーシス的な生態系を持っているのでは?では、なぜあんな綺麗な色をつけるのかと盛り上がっていたので、調べてみると、まったく違った・・・・

基本的には花が葉の前に咲くもの、花が葉と同時に咲くもの、花が葉の後に咲くものと分類され、それぞれ花粉を風で運ばせる風媒花のもの、花粉を虫で運ばせる虫媒体のもの、その両方で分かれて、葉が無いほうが風に乗って遠くまで飛ばせる、多く葉があるほうが鳥などから昆虫を守りやすく虫の身体に花粉をよく付けれる、との理由らしい。

ソメイヨシノは江戸時代に観賞用として品種改良されたからだという説明もあったが、やはり自然の微妙なバランスの中で、その生態を決定していったという説に一票を入れたい。

散る桜 残る桜も 散る桜

読み替えると、如何に人生の花を咲かせることが大事かということになる。
ミツバチを惑わせる美しい花を咲かせて、様々な文化を開かせる、そんな春が待ち遠しい。

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