2014年6月7日土曜日

「愛を売るふたり」西川美和 2012 ★★★★★

「ゆれる」の監督である西川美和。早稲田大学文学部出身の彼女は自ら作る映画はほとんどがオリジナルの脚本である。「ゆれる」に「ディア・ドクター」も脚本・監督を務めて世に送り出した作品である。つまり物語を作り出した人と、その物語を映像化した人が同一であることによる、物語独自の表現方法が追求されている。

そして今回の「愛を売るふたり」もまた監督自らによる脚本の映画化作品。そうなると、監督がこの映画を構想し始めたであろう瞬間に、どの登場人物を中心に物語が織り成されていったのか、誰の視線を中心に物語が進んでいったのか。徐々に具体的になるストーリーと登場人物達。その過程で、一人の想像の中で膨らんだイメージの積み重ねが、作品として他の多くの人に伝えられるために共通理解を得るための「映像」というメディアに投射する必要に迫られる。

その為に、登場人物が現実の世界の中のある役者さんに徐々に置き換えられ、イメージの中の風景が具体的な地名を持った場所へと同化する。

その個人のイメージからの写し取りが破綻無く上手く行うには、恐らく映像を扱う職業人として相当な技量を必要とし、その為には長い年月の絶え間ない努力と、想像力だけではなく、映画産業の仕組みを理解するプロフェッショナルとしての知識と経験が必要になるのだろうと想像する。

映画の企画からその予算。それでキャスティングできる役者のレベルとどれだけの時間と場所で撮影ができるかというやりくりの感覚。そんな現実味が無く頭の中で膨らんだ妄想との折り合いをつけながら徐々に現実の世界へとイメージを落とし込む。

恐らくその能力が非常に高い映画監督なのだろうと想像する。自ら構築した世界観を、社会に届けるために必要な画面の作り方。見たことありそうで、見たことのない画面。そんな力のある画面を作り出せるのは、世界でも本当に少数の才能だけであろう。

そんなことを書きながら思い出すのは、「ハッシュパピー バスタブ島の少女」の強烈な画面。完全に個人の妄想から出発したその力強さのある画面は、小手先のテクニックで商業的に成功する作品を狙っては決して辿りつけない作り手のしての手触りを感じさせる。

そんな彼女が選んだ今回の物語。夫婦で小料理屋を営む仲の良い二人。しっかりもので気が利く妻に松たか子。真面目で人はいいが、不器用な阿部サダヲ。真面目に生きてきた二人の姿が滲むような繁盛した店内の様子。客に愛される二人の客に愛されるお店の様子。

あまりの繁盛振りに、二人では手が回らず、そこに夫のミスが重なって火災が起こり、一瞬にして全てを失う二人。失ったのは店だけでなく、金も生きる気力も失ってしまう。くさる夫に励ます妻。徐々にすれ違う二人の気持ち。そんな時に起こる夫の浮気とその相手からのお礼金。

普通にしていたらまた店を持つための再起の資金を貯めることは叶わないと理解している二人だからこそ、寂しい思いをしている女性の懐に入り込み、結婚を餌に詐欺を働くことで出展資金を画策する夫婦。

この世の中には決して負け組みでも不細工と呼ばれるような容姿でもなく、周囲から見れば十分に恵まれている状況や仕事についていると思われるにも関わらず、自らは真面目で、何かのきっかけが外から無い限り自分から行動を起こすことができず、寂しさを抱えながら誰かに自らの支えになってもらいたく、そして自らも誰かの支えになりたいと望んでいる女性の数は、この映画で描かれるように相当数いるのだろうと理解する。

生きていくには十分の収入を得て、将来の為に貯蓄もしていて、真面目に、ちゃんと日常を生きている。友達もいて、たまには楽しく飲みに行く。仕事のストレスの解消法も知っている。しかし本当に心を許せるパートナーや彼氏はいない。

そんな多くの女性に対し、主人公の男性は、決してイケメンではないが「すっ」とそんな女性の心の奥に入り込む。向かい合ってたっているのではなく、いつの間にか横に並んで座っている。そんな違和感の無い空気を作り出す。そんな才能が夫になることを発見してしまう妻。そして自らも「自分」を無くして夫のやりたい事を応援することのみが生きがいとなってしまっている事実を心の中でひた隠しながら、夫婦でありながら、他の女性と恋愛関係になっては金を受け取る夫の帰りを待つ妻。

そんな複雑な心情を見事に演じきる松たか子。決して綺麗ではない女優さんであると思うが、それでもその存在感は圧倒的。どんなしぐさにも品を感じさせ、近くにいると恐らくとてつもなく魅力的なんだろうと思わせてくれる女優である。

人類史上最も刺激を受けながら日常を過ごす現代の我々。家族から離れ、個としてダイレクトに社会に向き合わなければいけない日々。そんな中で人が一番恐れるのが寂しさ。自分のことを理解し、必要としてくれる人がいること。それがすべてが他人の様な殺伐とした世界で生きていくためのせめてもの救い。

どんなに騙されたとしても、「私にだけは本当に愛してくれていたはずだ」と、信じることを諦めない女性達。その言葉に真実味を与えるのが人の良さげな阿部サダヲの演技。

どんなに成功しようと、どんなにお金を持とうと、どんなに高い地位を得ようと、現代に生きる人間であれば、自分を理解し必要としてくれる人と過ごせることがどれだけ重要であるかを理解する。そしてその関係性が相互に当てはまることがどれだけ貴重であるかも同時に理解する。

日々変化する生物である人間が、日常の中で様々な刺激を受けて感情を変化させる。そんな個の体験によって生きているもの同士が、同じように感情を共有しながら時間を共にするという夫婦の過ごし方。その根源的な難しさにも光を当てるこの作品。

考えれば考えるほど様々な意味が隠されていると思いながら、ぜひとも次の作品も予想を裏切り期待を超える良作を生み出して欲しいと切に思わずにいられない。

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スタッフ
監督 西川美和
プロデューサー 松田広子
原案 西川美和
脚本 西川美和
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キャスト
松たか子 市澤里子
阿部サダヲ 市澤貫也
田中麗奈 棚橋咲月
鈴木砂羽 睦島玲子
安藤玉恵 太田紀代
江原由夏 皆川ひとみ
木村多江 木下滝子
やべきょうすけ 岡山晃一郎
大堀こういち 中野健一
倉科カナ 佐伯綾芽
伊勢谷友介 太田治郎
古舘寛治 東山義徳
小林勝也 金山寿夫
香川照之 外ノ池俊作/明浩
笑福亭鶴瓶 堂島哲治
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作品データ
製作年 2012年
製作国 日本
配給 アスミック・エース
上映時間 137分
映倫区分 R15+ 
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