2014年3月5日水曜日

「トウキョウソナタ」黒沢清 2008 ★★★★

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第61回(2008年)カンヌ国際映画祭 「ある視点」部門審査員賞
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当たり前に通っていた通勤路。普段は「たまには休みたいな」と思いながらも同じく駅に向かう人の流れの一部になっていた。それがある日、リストラという突然の日常の停止によって、やることがなくなってしまう。

毎日当たり前の風景の中で、自分だけやることがない。自分だけ駅に向かわなくていい。自分だけが社会から必要とされていない。

少し前なら普通に幸せな家庭の姿。誰でも知っている有名会社で中間管理職を務めるサラリーマン。線路沿いで騒音は気になるが戸建て住宅を手に入れて、専業主婦の妻と大学生と小学生の二人の息子。家のことは妻に任せ、良い会社で偉い立場で働き、皆を養う給料を稼いでいるということでなんとか父親としての威厳を保っているつもりであった。

そんな家族の風景は一瞬で転落する可能性があるということを示すのがこの物語の恐ろしいところ。それはこの主人公が特別だからではなく、この現代社会では誰でもこの立場に陥る可能性があるということ。そして一度落ちたら、戻ることはできない。

社会の中で必要とされる、それでも自らのプライドの為になかなか本当に必要な次のステップに踏み出せない社会人として姿。それと同時に、一家を支える大黒柱、そして立派な父親でいたいというプライドから、妻にも子供達にもリストラされたことを伝えられない姿。何重にもなって押し寄せてくる現実。その圧倒的圧力。

現代ではリストラされて給料が入ってこなくなっても、すぐに餓死するわけではない。本来なら悩み、苦しみ、そして徐々に現状を受け入れ、その中でできることへと頭を切り替えていかなければいけないのに、安っぽいプライドだけに縛られて、ばれているのに馬鹿なように毎朝出勤しているように会社に出かけるフリをし、ホームレスへの炊き出しで腹を満たす。

そこで出会うのはかつての同級生。彼もまた立派な身なりをし、如何にも仕事をバリバリしているような電話をかけてはいるが、それもまたリストラされたことを周囲に知られないための演技。「いきなり大金が振り込まれると怪しまれるから、退職金の振込口座は別にしておけよ」という生々しいアドバイス。

「家族が怪しんでるから一度俺の家に来て飯を食べてくれよ」と頼まれ、白々しい夕食の席で仕事のできない部下のフリをする主人公。「大変ですね」と娘から声をかけられた後、その友人家庭で一家心中をしたことを知る。

仕事を失うことが一体なぜこれほどまで重いことになってしまうのか。そこには人の話を聞けない、硬直した価値観の中年サラリーマンの実体が描かれる。一つの会社で、暗に自分は退職するまでここで勤め上げるんだと、年功序列システムにどっぷりつかって、世間との距離を保ちながら自らの職業的能力の向上に努めてこなかった時間は戻っては来ない。それを自分が一番知っているからこそ、働いていた会社以外では自分がどれだけ世間知らずか、能力不足か知っているからこそ、次へと進めない。

メディアで流される似たり寄ったりの話。普通に通勤しているフリをする夫の姿から、リストラされたことを知り、その夫のプライドを守る為につっこんだ話をせずに、生活費を賄う為に金融会社から金を借りる妻の話。

恐ろしいが本当にある話で、それが現代の社会の姿。幸せに見える日常のすぐ横には、転落の縁が口を開いて待っている。そこに落ちることはあっても、そこから這い上がれないのは、すべてその人の考え方と行動次第。

常識の大きく変わる現代だからこそ、何かに過剰に依存することなく、そして常に自らの職業的能力の向上に努めつつ、会社の中でではなく、世界の中で自分の価値を高めていくこと。そして過剰なプライドよりは、フレキシブルな考え方と軽やかな行動力を手にしてひょいひょいとこの世の中を渡っていく必要があるのだろうと改めて思うことになる良作。

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スタッフ
監督 黒沢清
脚本 マックス・マニックス・黒沢清・田中幸子
製作総指揮 小谷靖
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キャスト
香川照之
小泉今日子
小柳友
井之脇海
井川遥
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作品データ
製作年 2008年
製作国 日本、オランダ、香港
配給 ピックス
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