2013年7月19日金曜日

丹生川上神社中社(にうかわかみじんじゃなかしゃ) 675 ★★★★


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所在地 奈良県吉野郡東吉野村大字小
主祭神 罔象女神(みずはのめのかみ)
社格  式内社(名神大),二十二社(下八社),旧官幣大社,別表神社
本殿の様式 日吉造
別名 雨師明神、丹生明神
創建   675(伝)
機能   寺社
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高取城跡まで登ってきたのだから、同じ方向に降りるより、吉野側に降りた方が時間がかからないだろうとルート設定。ナビに示される時間はまさに日の入り時刻。上社、中社、下社の三つを回るにはどうしても時間が足りない。いけたとしても二つまで。

「何選ぶの?」と自問自答。

「上と中でしょ」と即決。

どちらも山の中ということで、上に行ってから中へ。中に行ってから上へ。とシミュレーションしてみるが、どう考えても二つ目にたどり着くときには19時過ぎ。最優先は「中でしょ」ということで車を飛ばす。せっかくここまで来たのだから一生に一度のチャンスだとハンドルを握る。

行きよりよっぽど細くうねった峠道。曲がりくねる道を、アクセルとブレーキを繰り返しながら、恐る恐る山道を進む。分かれ道み差し掛かり、ナビを見るがどっちか分からない。ここは「降りて行く方に一点張り」と進んでいくが、50メートルも進まないうちにナビの示すルートから外れていく。

「やばい」と思い、戻ろうとするがターン出来るようなスペースは無い。しょうがないので、モニターを見ながらゆっくりバック。後ろからやってきていたスクーターのおじいさんが待ってくれていて、やっと先ほどの分かれ道まで来たところで「お兄さん、どこ行くの?」と聞いてきてくれる。

暗くなる山のなか、人に出会うのがこれほど嬉しいこととは思いもよらず、「高取城から降りて来て吉野側に出たい」というとやはり左の道だと教えてくれる。おじさんも城跡まで行ってきたところらしく、「この上の道は山仕事する人しか使わない道だで、よくこんな道降りてきたね」と教えてもらう。ほとほと困り果て、この先の道は今までより楽か聞くと、大丈夫だと教えてもらう。

日が暮れて行く山の恐ろしさ、剥き出しになる凶暴さを身をもって知る。

その後は何とか二車線に舗装された道に出て、どれくらいかかるか分からない神社への道のりを行く。ナビの時間が行程の厳しさ、運転の難しさを表さないのが歯がゆい。できることなら、「この先の道はあなたの運転技術だと厳しくなっておりますので、引き返しましょう」などといってくれるように進化を遂げることを祈る。

ここからはナビの到着時間との勝負。対向車も集落もなく暫く走ると、ポツポツと集落の灯りが見えてくる。東吉野の風景に、日本にもまだこんなところがあるんだと思いながら先を進む。道路脇には高見川が流れ、清らかな水の流れも次第に暮れて行く闇の中ではなんだか不気味な響きに聞こえるから不思議である。

長い孤独なドライブの末に到着するのは山の奥の奥。道の左手に見えてくるのは丹生川上神社中社(にうかわかみじんじゃなかしゃ)。神社がどうのと言うよりも、ここまで来る事にすでに意味がある気がする。

この丹生川上神社中社。中社というだけあり、上・中・下の三社で丹生川上神社を構成している。東から東吉野村の「中社」、川上村の「上社」、下市町の「下社」。古くから重要な水神として祀られ、水を司る祈雨祈願の神社として信仰を集めてきた。

その重要性を示すように、二十二社の第二十一位として朝廷の崇敬も受けてきたという。誰もいなくなった境内。すぐ後ろに山を控え、道の向かいすぐ前には高見川の水音が響き、とても静かな空間になっている。

峠道の運転で緊張した身体を大きく伸ばし、新鮮な空気を肺に取り込む。昨今の異常気象ではないが、大地を掘り起こしては埋め立てる人類に水の神様も怒りを感じているのだろうと思いながらゆっくりと参拝をする。

静かな夕暮れの境内で、一人川のせせらぎを聴き入り、本日最後の最後立ち寄り場所、上社に向かって車を発進させることにする。










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