2011年3月16日水曜日

「M8 エムエイト」 高嶋哲夫 集英社文庫 2004 ★★★★★
















2ヶ月前であれば、見ただけでは何のことか分からない人が大半だったのではと思うこのタイトル。

コンピューターを使ったシュミレーションによって、地震予知を進めようとする一人のポスドク。ここ数十年のうち必ず起こると言われ続ける、海溝型巨大地震・東海地震。日本を囲う10数枚プレートの中の、フィリピン海プレートとユーラシアプレートの間の歪が限界に達した時に起こる跳ね上がりは、そのまま東海地震から、東南海地震、南海地震を誘発し、M8クラスの大地震を引き起こすという、今回の東北大地震をそのまま90度、南に回転させたかのような予測。

気象庁長官の私的諮問委員会という位置づけの地震防災対策強化地域判定会は6人のメンバーはで構成される。もちろん、その時点の地震学の権威によって固められている。その為ゆえに、必然的に集団が保守に傾く。

想定される東海地震の死傷者は25000人。直接間接合わせ損失は80兆とほぼ国家予算に匹敵する。今回の東北大地震から強烈に感じる、一つの巨大地震を予知できればその経済効果は数十兆に及ぶという現実。しかし警戒宣言の発令による経済損失 は一日当たり3450億円ということから、どうしても絶対でないと声にできないという重圧。そして必ず来るという共通認識ゆえに、他の可能性が霞んでしまう。その中に権威もなにもない一人の若者が探知する、かつて否定された手法による東京直下型の大地震の予知。ちなみに最近の歴史において関東に起こった大規模の地震となると、

1703 元禄大地震 海溝型
1855 安政江戸大地震 直下型
1894 明治東京地震 直下型
1923 関東大地震 海溝型

そして東海地震の前兆ともとれる静岡におけるM6.4の地震。いやおなしに専門家の視線は東海沖に向けられる。そんな中に自分の予知の可能性に確信を持ち始める若者。そして、その仲間。彼らは10年前の神戸の瓦礫の中から自衛隊に助けられ、自身に対してそれぞれの道を進んだ若者達。

地震の被害とは備えしっかりしていれば、最小限で食い止めれる。恐いのは火事。揺れは一瞬だが、家屋崩壊に伴う火事による交通渋滞とインフラ遮断。そのシナリオはかなり現実に沿っていたことが分かったが、そこに足りなかった津波の脅威。マグニチュードが1大きくなると、地震エネルギー32倍にもなるから、M7とM9では世界が違うということだろうが、決して想定の外に位置していることではないと思う。

それを想定外とせずに0ではない可能性を食い止めようとするのは、一首長である東京都知事。そのモデルとなったであろう人物は、震災を乗り切り4期目に突入したが、国のトップが非常時に全く機能しないというシナリオは的を得ていたのか。

港湾の石油貯蔵タンクからの火災。都内上空を飛び交うヘリコプター。1981年の改正によって、ただでさえ世界一厳しいといわれる建築基準法に導入された新耐震法。その上、神戸の教訓によってより強化された耐震対策。そのお陰で地震で倒れない建物。通信の不通と、数百万の帰宅難民者。円売りに走る為替相場。液状化する湾岸エリア。徐々に状況を把握することで、その後におこるであろう復興景気目当ての日本株買い。

何をやってもどうせ全てをまた失う、という被災者に対して、政治家の役目は新しい希望を与えること。国民に必要なのは心の安心。露呈される危機管理で一番大切なことはイマジネーション能力という事実。被害の多様性とその刻一刻と変化する同時性に対応できるフレキシビリティ。

まるで今回の地震の脚本を読んでいるかのようなシナリオを突きつけられると、これが書けるだけの十分なデータがあり、危険性を発信していた人はいたということ。

ハイパーレスキュー隊や現場作業員など、本当に個人としては世界に誇れるくらい優秀な人材が必死になってやっている。しかし、そのシステムを考え、動かす国の頭脳が機能していなければ、多くの命だけでなく、その先の希望すら失われてしまうという現実。

必要なのは今回の震災を踏まえてどのようなシナリオが描かれるのか。
その為にも必読の一冊。

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