2016年2月11日木曜日

旧久留島氏庭園 橋本東三 江戸時代後期 ★★


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所在地  大分県玖珠郡玖珠町森
機能   都市公園・庭園
庭園形式 池泉回遊式庭園
作庭年代 江戸時代後期
作庭   橋本東三(庭師)・久留島通嘉(8代藩主)
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日本の庭園100選  
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せっかく世に知れた温泉街に宿泊しているのだから、そそくさと朝早くから出てしまうのはさすがにもったいないということで、ゆっくり朝食を頂いて、朝の温泉を楽しみ、街の中をのんびりと散歩してから出発することに。

今日は阿蘇から出発し大分を北上し一気に宇佐まで抜けて、最後は中津まで行くことになっているので、できるだけ先を急ぎたいところであるので、途中にある気になるスポットに立ち寄りたいところが一つであれば、泣く泣く飛ばすところであるが、さすがに二つ固まっていると少しだけでもよっていきたくなるのが人の常。

途中かなり海抜の高い地点なのだろうか、素晴らしい雲海を見ながら高原地帯を抜けて最初に立ち寄ったのは随分と鄙びた雰囲気の大分県玖珠郡。目指すは江戸時代、この地を治めていた久留島氏が8代藩主・久留島通嘉の時代に整備させたという通称・旧久留島氏庭園。「日本の庭園100選」に名を連ねているから知ることになったが、そうでもなければ恐らく一生足を運ぶことのなかったであろう場所である。

中心部から相当離れ、山の中にある場所で、かつ江戸時代の領主によって整備された庭園だということで、三重の北畠氏館跡庭園に近いのかと想像しながら、「あんな厳しい山道は勘弁してほしいな・・・」と思いながら進むと非常に整備された道で到着することに。日本の道路状況は本当に世界一なんじゃないかと再度思わされる。


ネット情報ではどのような運営状態になっているのかいまいち分からず、問い合わせ先の珠町森に電話すると、町の中心の三島公園にむかってもらい、わらべの館という施設の駐車場に車を停めて歩いていってくださいとのこと。言われるままに向かっていくと、確かに中心部は昔の雰囲気が伝わる街並みが広がっており、その中心に大きな広場を併設するわらべの館が位置している。

どうやら庭園はその北側に広がる末広山(すえひろやま)の斜面を使って造成されているようで、公園の一部として一般にも開放されているようである。公園には小さな子供連れの家族が遊んでいたり、なんとものどかな雰囲気。

かなり急な斜面の下の堀を利用して池泉回遊式庭園があり、その脇の斜面を利用した階段を上がっていくと、随分あがった先に栖鳳楼(せいほうろう)という建物が見えてきて、その前にも小さな庭が広がっているのが見て取れる。さらに斜面を進んでいくと、そこには末廣神社が鎮座しており、手水が素晴らしい石にて作られているのを見て、この付近ではかつてより豊富な岩が取れたのだろうと想像する。

つまり、8代藩主・久留島通嘉によって開始されたこの末廣神社の造営の一つとして、その周囲に広がる庭園を土佐出身の築庭師である橋本東三に命じて造営させたということらしい。

朝一番から山登りに庭園鑑賞、そして神社参拝と非常にご利益ありそうじゃないかと思いながら斜面をおりてこの町にあるもう一つの立ち寄り地へと足を向かわせることにする。


















栖鳳楼


末廣神社













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