2015年11月15日日曜日

広府古城(广府古城,Guǎng fǔ gǔ chéng) 隋 ★★


タクシーの運転手に「邯鄲一の観光スポット」として教えられたのが、市内から20キロ東に行った郊外の広府鎮と呼ばれるエリアにある、水に囲まれ更に城壁に囲まれた古城。ネットで調べてみると、平遥に似ているがやはり特徴的なのは城壁の周囲を堀ではなく湖で囲まれているところ。

これは一見の価値があるだろうと、完全に振り出してしまい下がる気温の中、タクシーを東に向けてもらうことにする。

なんでもこの古城は「広府古城(广府古城,Guǎng fǔ gǔ chéng)」と呼ばれ、

「广府古城战国时期赵国毛遂封地。隋末农民起义军首领窦建德在此建都,立夏国。明清朝这里成为直隶省广平府。」

と紹介されているように、趙の時代に既に領地とされており、隋の時代に夏という国の首都として整備され、明清朝時代には広府(广平府)とされ、非常に保存状態の良いままに現代に至るという訳のようである。

さらに

「广府古城是杨式太极拳、武式太极拳的发祥地,在太极拳界执大旗地位。」

とうたわれるようによく知られる太極拳の発祥の地としても名が知られているようである。

タクシーの運転手いわく、歴史の中で、二年に及ぶ長い年月城壁を閉じ、外からの攻撃にじっと耐えしのび、決して落ちることの無かった城であるというから、恐らく中国人にとっては良く知られている場所なのだと想像する。

到着するが、あまりに巨大なので、外を車でぐるっと回ろうという運転手は、「一体これだけの水がどこから来ているか不思議じゃないか?」と言うように、川から水を引いてきているのではなく、全体的に湿地帯の中に城が築かれているようである。

北門から内部に入ってみると、平遥同様、今もちゃんと住民が生活を伴う都市として使われており、通りによってはかなりの賑わいを見せている。雨が降っておらず、空が快晴であれば、水に映った城壁にさぞや美しいのだろうと想像しながら、市内に戻ることにする。













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