2015年3月7日土曜日

「日本を降りる若者たち」 下川裕治 2007 ★

大学時代に旅行で訪れたタイ。様々な国からのバックパッカーが集まるカオサン・ストリートの安宿に泊まり、これといった予定も無しに好きなだけ眠り、起きたらカフェで冷たいシェイクを飲みながら今日は何をしようかと考える。そして夜になれば、顔なじみになった友人と踊りに繰り出し、また新しい外国人の顔なじみを増やす。

そんな少しだけデカダンスの気分を味あわせてくれる非日常の時間で、日本とは全く違った生き方があることを知り、そしてその軽やかな空気をまとって大人として生きていく人々の姿を見ることで、世の中とその価値観の多様さを学ぶ。

でも、それがあくまでも日本と言う社会の外側で、こんな自由な生活が許容されるような寛容さは現代の日本には無いということ、そして如何にそれが心地よかったとしても、現実逃避の口実として価値観の多様性を持ち出すのは筋が違うと言うこともまた学ぶのが若者が大人になる過程の時間。

それでも、うだるような湿気の中で、服と皮膚の間に風を通すような軽やかな服装同様に、ストレスを感じさせず、軽やかに生きているこの街の人と、この街に集まる世界の人々の姿が、東京の風景にはいないキラキラして見えることは間違いない。


そんなかつての記憶を思い出しながら、先日放送されていたNHKのドキュメント72時間の「工場閉鎖の街で」という番組。岐阜県の美濃加茂工場が閉鎖されることになり、その場所を生活の礎としていた様々な人々の最後の3日間を追う内容だったが、その中でかつての従業員だった中年女性が、

「派遣を転々としてたどり着いたこの場所でリストラされ、いまさら実家のある故郷にも戻れないために、今後はタイのバンコクでコールセンターに勤める。そこでの給料は日本円にすると10万円ほどであるが、向こうでの暮らしならやっていける。もう日本に帰ってくるつもりはないです」

という言葉によって、タイという国のまったく違う側面を見せられた気がする。

派遣や貧困がメディアの中に定着したこの10年の影響で、日本の社会になじめずに、もっとのんびりとし、厳しい競争社会の無く、何より日本よりも生活費の安くすむ東南アジアへと渡る若者の数が増えているという報道がちらほら見られるようになった。

そんな状況を専門的に分析し、系統立てて俯瞰するのにちょうどよいかと思って手にした一冊。様々な理由で日本で生きるのが苦しくなった若者が、誰からも干渉されず、せかされず、ストレスの無いタイでの生活を求め、日本で短期間に派遣などでお金を稼ぎ、それが尽きるまでタイに滞在するという例をいくつか挙げていく。

期待していたのはこういう若者はどの時代にもいたのだが、それが交通革命と情報革命を経た現代において、タイという外国が住まう場所としての選択肢として距離の中に入ってきたことと、ネットなどの手助けによって、かつては非常にハードルの高かった海外への渡航や移住が、コストも労力もかからずに様々なサイトの情報を調べることで可能になったこと。

そして、その距離の感覚の近さはありながらも、やはり海外と言うことで日本の社会の日常から外にはみ出ることで、日本からの心理的距離を保てること。そんなことがかつてにはなかった大量の若者がこのようなライフスタイルを持ち出したということの基礎になること。

また、昔だったら苦しみながらも社会の中でなんとかバランスをとりながら、居場所を見つけていたのだろうが、なぜ現代においてはこれほどの多くの若者が、自分の居場所を見つけられないと思ってしまうのか。その社会側の問題や変化と若者側の変化の分析。

そういう多角的な分析を踏まえて、結局は世界が変わり、社会が変わり、人が変わった現代のある一点における現象から、現代という時代をどう炙り出すか?そのようなことを期待していたが、内容としては形は違うが根っこは同じような若者の例をあげるのに終始して、非常に消化不良な印象は否めない。

「深呼吸の必要」の中で、「あんたも結局東京から逃げただけじゃないんですか!」と詰め寄る若者の言葉に、そこにいる誰もが自分のことを言われたのではという表情をするシーンを思い出すように、誰もが生きにくい社会を生きながら、それでもそこで生きなければいけなく、そこから外に出ることは逃げたことだと思ってしまう今の日本の一つの描き方なのだと思いながら頁を閉じることにする。

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■目次  
序章   旅から外こもりへ
第一章  東京は二度と行きたくない
第二章  人と出会える街
第三章  ワーキングホリデーの果てに
第四章  留学リベンジ組
第五章  なんとかなるさ
第六章  これでいいんだと思える場所
第七章  死ぬつもりでやってきた
第八章  こもるのに最適な環境
第九章  帰るのが怖い
第十章  ここだったら老後を生きていける
第十一章 沖縄にて
付章   ラングナム通りの日本人たち
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