2010年4月23日金曜日

「生物と無生物のあいだ」 福岡伸一 講談社現代新書 2007 ★★★★



















一昨日、突然の吐気をもよおし数年振りに嘔吐をし、掌と足の裏が燃えるように熱くなってきた。熱を測ると39度近い熱があり、全身から酷い汗が。うなされなんとか夜をあけて病院に行くと、胃腸性の風邪でしょうと。最近多いからと言われ、「もしくは思い当たる食べ物は?」と聞かれ、良く良く考えると数日前にカキを食べたことを思い出す。それを口にすると、慌てて手を洗う医者。「それじゃノロウィルスですね」と・・・。

突然、容疑者Xに祭り上げられたノロウィルス。しかしあくまでも限りなく黒に近いグレーというポジション。それでは、いかに彼を真犯人にしていくか・・・

ウィルスという当時見えないモノを見ようとし、ひたすらに顕微鏡を覗き込み、海を渡り最後はその見えないモノに犯されて倒れた野口英世。最後の一歩で容疑者立件まで持ち込めずに涙を呑んだ細菌学者である。

動的平衡を失った身体をもてあます、唯一の功罪は溜まっていた本を読めることだろうか。容疑者を泳がせておくのもしゃくに障るので、盗み見の得意な20世紀のワトソン君の知恵を借りつつ、20世紀最大の事件を読み解くことにする。

しかしこれほど文章のうまい生物学者がいるものかと、ほとほと感心する美しい言葉たち。非常に高度な専門分野の内容を異分野の専門家にレベルを落とすことなく、分かりやすく伝える。そのためには、幅の広い教養と、何より美的センスが必要なのだと教えてくれる名著であろう。

海岸に落ちてる小石と貝殻。その小さな貝殻はなぜ美しいのか?そこに感じる生命の質感とはなにか?まるで茂木健一郎のような言い回しだが、生物学者ならではの観点「生命とは自己複製システムを持つこと」というA起点から事件を追っていく著者。

「この対構造が直ちに自己複製機構を示唆することを私たちは気がついていないわけではない。」

DNAの二重らせん構造を発表したワトソンとクリック、そして第三の男ウィルキンズ。そして彼らが生命の謎に挑むきっかけを与えた「生命とは何か」の著者・物理学者シュレーディンガー。そして彼の残した命題。

「原子はなぜそんなに小さいか?」

言い換えれば、

「我々の身体は原子に比べて何故そんなに大きくなければならないのか?」

そしてたどり着く一つの場所。

「全ての秩序ある現象は膨大な数の原子が一緒になって行動する場合に初めてその平均的なふるまいとして顕在化する 」

そして、マクロな現象をミクロな解像力で証明したルドルフ・シェーンハイマー。

原子を構成する陽子・中性子の数の違いの為に質量数の異なる同位体(アイソトープ) 。その重窒素の行方を追うことで生命の中の構成要素が排泄されるのではなく、ほとんど入れ替わることを立証。六田登の漫画「バロン」 に出てくる、バラバラに分解しつつ形態を残す人体のようなイメージか。生命とはダイナミックな流れである。数年ぶりに会った知り合いに「お変わりありませんね」というが、身体の中のアミノ酸レベルでは「お変わりありまくり」というわけだ。

「生命とは代謝の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である」

徐々に事件の核心に迫る、ゾクゾクとする章が続く。

そこに持ち出される絵柄のないジグゾーパズル。
その周り8ピースをによって描き出される、空隙としてミッシング・ピースを特定出来る演繹の法則。

そしてトポロジー:物事を立体的に考えるセンスによって与えられる、内部の内部は外部であるというまるで建築の授業のようなテーゼ。

ノックアウトしてもノックインしても、流れは止まらない動的平衡の流れ。

「生命と環境の相互作用は一回限りの折り紙だ」という言葉でしめる作者。

キメラとしての折鶴も、不恰好に空を舞う姿からもたらされるクオリアは、きっと等しい生命の輝きをもたらすのだろう。

ラホイアのルイス・カーン設計・ソーク生物研究所の空へのファサードの上、その人生の最後を脳の研究に費やしたクリックに出会った著者。 敬意を示して何も声をかけることはしなかったというが、同じように恐らく日本の名建築に出没すると思われる著者を見かけたら、ワトソン君ばりに、こっそり盗み見をしてみたいものだ。
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「マリス博士の奇想天外な人生」キャリー・マリス
「そんなバカな!遺伝子と神について」竹内久美子
「二重らせん」ジェームズ・ワトソン
「熱き探求の日々」フランシス・クリック
「二重らせん 第三の男」モーリス・ウィルキンズ
「バロン」 六田登
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