2009年8月21日金曜日

「時の渚」 笹本稜平 2001 ★★★★

「夏が終わろうとしていた」

と始まる相変わらずのハードボイルド小説。今回の舞台はいつもの山岳小説ではなく、事故で妻と息子を亡くし職を失った元刑事が、ホスピスで人生の最後の時間を過ごす老人から、35年前に生き別れた息子を探して欲しいと頼まれるとこから始まる。

老人が赤ん坊を託した女性を追うことで生き別れた息子へと辿りつこうとしやってくるのは信州の鬼無里村(きなさむら)。同時にかつて自分の妻子をひき殺した犯人を追う主人公。その家庭で向き合う様々な家族の絆。

しっかりと練られたプロットに、育ってきた背景まで見えてきそうな登場人物たち。35歳という年齢で交差する登場人物達のそれぞれの人生をその年齢にあと少しの時期に読むことができ幸せだと思える一冊である。
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第18回(2001年)サントリーミステリー大賞
第18回(2001年)サントリーミステリー読者賞
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2009年8月5日水曜日

「龍の契り」 服部真澄 2001 ★★★★

香港がイギリスから中国へ返還される1997年前夜。世界の一大経済拠点として西洋と東洋の中継地として成長した香港をみすみす中国に渡すのを快く思わなかった英国の中で、「香港を中国に返還しなくて良い」という密約が交わされていたとする秘密文書が見つかったとしたら?

そんな時代の雰囲気を呼んだ国際エンターテイメント小説。著者はこれがデビュー作という服部真澄。それにも関わらず第114回の直木賞候補までなったというからその後の活躍が納得というもの。

時代を遡ると中国からイギリスに香港が譲渡されたのが1842年。戦後の中国の発展により当時の書記長である鄧小平とイギリスのサッチャー首相との交渉により、段階的に香港を中国に返還していくことが決められ、その期日として定められたのが1997年7月1日。

香港におけるイギリス統治の象徴的な存在でもある上海香港銀行(HSBC)。

アメリカ・ハリウッド
イギリス・ロンドン
香港
アメリカ・ワシントン
中国・北京

スポーツヴィジョンという動きの中でも情報を的確に捉える視覚機能の訓練や、速読によって情報を切捨てす術を得た日本の外交官沢木喬が何十にも重なる陰謀と策略の網の中を掻い潜っていく。

その姿を見ると、やはりこれだけ世界が小さくなった現代において、能力のある人間はどんどん世界を駆けめぐりながら日常を過ごしていくのだろうと思いながらページを閉じる。
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東洋の富の一大拠点・香港。その返還を前に、永い眠りから覚醒するかのように突如浮上した、返還に関する謎の密約。いつ、誰が締結し、誰を利するものなのか―。全焼したロンドンのスタジオから忽然と消えた機密文書をめぐる英・中・米・日の熾烈な争奪戦が、世紀末の北京でついにクライマックスを迎えるとき、いにしえの密約文書は果たして誰の手に落ち、何を開示するのか。
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2009年7月29日水曜日

「TENGU」 柴田哲孝 2006 ★★



「大気が動き出した。 奴はやってくる。」

そんな書き出しから想像させるのは、十分なハードボイルドと如何にも怪しげなUMAの世界。

20年以上も前に起こった群馬の小さなマタギの村で起こった殺人事件。現在は中央通信記者を努める道平慶一がその事件の真相を追うという展開。

明らかに人間の力を超えた何者かの仕業であったその殺人事件。圧倒的な力と残虐性。そして伝説から想起される天狗の存在。

事件の陰で暗躍する米軍の動きと、事件の鍵を握る盲目の美人・彩恵子の存在。

そのオチにはぶっ飛ばされるが、UMA、謀略好きには堪らないハードボイルド作品。



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第9回(2007年) 大藪春彦賞受賞
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「KAPPA」 柴田哲孝 2007 ★★★

UMA好きで、川口浩探検隊に胸を躍らせて小学校時代を送った年代の男性には堪らない内容の小説。

ライターの有賀雄二郎が、ランドクルーザーを飛ばして茨城県牛久沼へ。追ってきたのは噂される「河童伝説」・・・

コールマンのカナディアン・カヌー。
プラノのタックルボックス。
ガーバーのサバイバルナイフ 。

まったく分からないが、アウトドアに憧憬を覚える世代にはこんな大人になりたいと思わずにいられないような単語が飛び交う。

ポークというルアー
ラインは14ポンドテスト リールもABU3500C タックル
小麦粉をまぶしてムニエルに
バスロッド ベイト スピニング
スウェーデンのABU社

などと、兎に角作者の自己満足、自己顕示欲の様な描写が続き、釣り自慢を書きたかったからこの主題を選んだのか、それとも・・・と卵が先か、鶏が先か考えながらも読み続けることになる。

外来種による生態系破壊の深刻さという、全うなオチで終わりながらも、伝説とUMAを絡ませ、ドキドキハラハラさせて最後まで飽きさせないその手法に納得し、自作を期待させるに十分な一冊。

「RYU」 柴田哲孝 2009 ★★

ハードボイルド好きには堪らない作者のUMAシリーズ第二弾。今度のモチーフは「竜」。

ジャックと有賀雄二郎が今度は沖縄を舞台に、失踪をする米兵と、原因不明ながら殺される家畜から、噂される沖縄の伝説の双頭の竜「クチフラチャ」の存在を追うことに。

謎の米軍の行動に、遺伝子操作で恐竜を蘇らせたのでは?という疑惑と、送りつけられてくる謎の巨大生物の写真。

巨大生物好きで、UMA好きで、謎の冒険好きな男性には堪らない展開。いくらフィクションだと分かりながらも、かつての水曜スペシャル・川口浩探検隊を思い出しながら、存分に楽しめる内容。

2009年7月15日水曜日

「建築の四層構造 サステイナブル・デザインをめぐる思考」 難波和彦 ★★★



『箱の家』で知られる建築家;難波和彦。

東京大学の建築学部を卒業して、師である教授の研究室でモダニズムをしっかりと学び、クリストファー・アレグザンダーという建築理論のバックグラウンドとなる対象をしっかりと視界に収め、東京大学というアカデミズムに根を張りながら、決してぶれることのない建築思想と建築活動を行き来し、世間でどれだけ建築家がもてはやされ様とも、決してその立ち位置を間違えることなく、ただ一心に建築に進化の方向があるのなら、1mmでもいいから自分がその推進に力になりたいと言わんばかりの良心の建築家像。建築家と学者の二つのイメージを正面きって受け止める数少ない現代の建築家。

その人が人生をかけて考えてきたこと、そして「環境」というあたらなるパラダイムに入らなければいけない現代の建築に対して、どのような方向性をつけることができるか、技術の力を信じ、建築家が技術者であることを体現し、新しい社会要請に対して、新しい建築の技術の表現を模索する。様々な考えの上澄みを吸い取ったような良質本。

その中でも強烈に作者のキャラクターを現しているのが

『エイリアン』と『タイムレス』

H.R.ギーガーによって描かれた新たなる未来のイメージ。リドリー・スコットによって映像化されたバイオ・メカニズムの未来。かつて想像したピカピカ光る金属製の未来のイメージが、スターウォーズの登場によって、未来もまた汚れることを目の当たりにした人類に対して、更にバイオ・メカニズムの未来は、ハードエッジでなくドロドロとし、曖昧であるというまったく新しい未来の形を見せつける。

こういう洞察はなかなかできるものではないが、さすがは難波先生!と言わざるを得ない。

エイリアンはドロドロした未来だと指摘された後の世界を創造する我々は、一体どんな未来を頭に描きながら明日の建築を設計するのだろうか。ワクワクせずにはいられない。
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建築の四層構造 サステイナブル・デザインをめぐる思考
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2009年5月31日日曜日

「向日葵の咲かない夏」 道尾秀介 2005 ★★★★

数年前とにかく話題に上がり、ものすごい勢いで売れていた本。第6回(2006年)本格ミステリ大賞候補にもなり、その大どんでん返しの展開と不可解なラストによってネットでも様々な批評を受けているということで手にした一冊。

その噂にたがわぬなかなかのレトリック。毎回物語の設定として読者の頭の中に刷り込んだ何かを、後半にて一気に逆手に取り世界観をひっくり返す。そんな手法を得意とする作者。近作はその手法が見事にはまったといってよいのであろう。

今作品では逃した本格ミステリ大賞もしっかりと2007年に『シャドウ』で第7回(2007年)本格ミステリ大賞を受賞するあたり、やはり作者の技量を伺わせる。

物語はこれも作者の得意とする日本人の多くが原風景として共有できそうなのどかな田舎の幼少時代の世界。夏休みの始まる終業式の日に、欠席した友人の家に書類を届けにいった主人公が見つけるのは首を吊って死んでいる友人の姿。

小学生が友人の自殺姿を見つけてしまうということが、どれだけ衝撃の強い体験になるかという描写もそうであるが、いつもついて回る妹のミカの存在や、不思議な存在のトコお婆さん、そして生まれ変わって蜘蛛となった自殺した友人など、現実なのか、それともファンタジーなのか、それとも何かが狂っているのかと、微妙なところで世界観を崩さずに話を紡いでいくのもまた作者の力の成すところ。

後半に一気に明かされるネタバラシ。それでも解釈が何重にでも可能なラストをもってくるところ、やはり並みの小説家でないと思わされる。これくらいサクサク読めてなおかつ、頭に刺激がある娯楽小説が日常の時間の脇にあることのありがたさを感じる一冊であろう。