2013年10月4日金曜日

「反西洋思想」 イアン・ブルマ 2006 ★


「オクシデンタリズム」

英語表記だと[Occidentalism]。耳慣れない言葉だが、これは作者の造語によるもので、もちろんサイードの「オリエンタリズム Orientalism」を十分に意識して使われている言葉である。

その意味は「敵」によって描かれる非人間的な西洋像だとし、現代のイスラム原理主義からバベルの塔まで遡り、西洋が自己の歴史を構築する上で異邦人として対置されてきた非西洋人達が、その対比構造の為に常に自らの対比として超克すべき対象として、分かりやすく「敵」として位置づけられることが起こって来た様々な歴史的事象を、「オクシデンタリズム」と一つの思考に纏めていく。

ナチズムにしても、毛沢東思想にしても、日本の「近代の超克」座談会にしても、現代のイスラム原理主義にしても、根本的には世界を覆う西洋主義に対してのカウンター・ムーブメントであり、西洋に対して、「いや違う。こっちには別の考え方があるんだ」という提示であるとする。

そのように見ていくと、上記にあげられた様々な事象は、「オクシデンタリズム」の異なる発現だと言えるという。反「西洋」、反「近代」であり、「近代的なものとは、ヨーロッパのもの」であるとすると、西洋文明は「有毒な物質文明」として均一的な近代化に抵抗する事は、いやおなしに西洋との抗争へと方程式は導いていく。

西洋を「倒すべき敵」として捉える「オクシデンタリズム」は実はそれ自身が西洋の中で生み出されてきたとし、古代のユダヤ教の起源などにも触れていく。

非常に興味深いテーマであり、戦時中の日本での座談会から始まるところ、さすが東京に7年滞在したという著者の深い日本へのまなざしを感じ取る事ができる。

誰もが自らを歴史化する折に、相対化をするために自らの枠組みを取り決め、その外部にいる者たちを異邦人として対置することで価値観の体系化を進めていく。どこを中心と見るかによって周縁が決まるように、歴史もまた多中心の中で構成されていくのであるが、現世界においてはその行為すら既に西洋の影響下に置かれており、外部に置かれる自らに対する彼方の中心である西洋の存在無しでは、己の主体も確認できなくなっているその他の世界の現状を描きだそうとしているのだろうが、禅問答のような複雑性と、イスラム世界のなじみのない宗教観などで後半部は追っていくのがなかなかしんどくなってくるのは否めない。

文明が衝突し、更なる混沌を踏まえて新しい世界へと入っていく今後の世界。これから更に新しい形で建築の世界にも現れてくるであろうオリエンタリズムとオクシデンタリズム。見据える先がどこを捉えているのかを見間違わないように自己を位置づけていこうと再確認する一冊。


----------------------------------------------------------
序 章 オクシデンタリズムとは何か
/「近代の超克」座談会
/「日本の血」対「西洋の知」
/右翼でも左翼でもなく……
/宗教と政治の一体化
/アメリカニズムへの憎悪
/マルクスの墓を訪ねて
/オクシデンタリズムとオリエンタリズム
/理解すること

第1章 西洋の都市
/9・11の再現ビデオ
/西洋を憎むのは「近親者」
/都市に対する不安
/バビロンの都
/都会=売春婦
/ユウェナリスとゴンクール兄弟
/ブレイクとエリオット
/西洋都市への憎悪の起源
/ワーグナーのフランス嫌い
/ヴォルテールのイギリス観
/金と自由を求めて
/ワルモノはいつも西洋風
/ユダヤ人への負のイメージ
/日本の歴史的記憶喪失
/イスラム思想家の見たニューヨーク
/ユダヤ陰謀説の理由
/起源はフランス革命
/都市が田舎を支配する
/「オリエンタリスト」ヘルダー
/両極端な西洋思想
/マルクス主義という希望
/オクシデンタリスト毛沢東
/「田舎者集団」クメール・ルージュ
/タリバンの恐るべき拷問
/サラエボを破壊したシェークスピア学者
/ヒットラーにとってのベルリン

第2章 英雄と商人
/「我々は死を愛している」
/ドイツの英雄伝説
/「英雄の国」という幻想
/ゾンバルトの『商人と英雄』
/トクヴィルの嘆き
/異端の弁護士ジャック・ヴェルジェ
/民主主義と戦争
/日本の特攻隊
/3ヶ国語を読みこなしたエリートたち
/悪用された「死の崇拝」
/歪曲された「日本の伝統」
/軍人勅諭、天皇、切腹
/ヒンドゥー・ナショナリズム
/ある特攻隊員の言葉
/「狂気」を好むビン・ラディン
/イスラム「暗殺者」の伝統
/カミカゼ戦術再び
/西洋は英雄的ではない

第3章 西洋の心
/魂の思考と知性の思考
/スラブ派の源流はドイツ
/ロマン主義の世界観
/ドストエフスキーの「ひねり」
/神学に無関心なロシア正教
/ツァーリたちの対西洋姿勢
/スラブ派に愛されたシェリング
/スラブ派の雄イヴァン・キレエフスキー
/「ロシアのニーチェ」レオンチェフ
/合理主義批判=西洋批判
/トゥルゲーネフの描いたニヒリズム
/「クリスタルパレス」への抵抗

第4章 神の怒り
/宗教的オクシデンタリズムと世俗的オクシデンタリズム
/西洋=偶像崇拝する未開の文明/旧約聖書の中の偶像崇拝
/「ジャーヒリーヤ」という概念
/マニ教的世界観
/イラン革命のパイオニア、アリ・シャリアティ
/ケマル・アタチュルクの改革
/イスラム教における偶像崇拝
/イランの思想家サイード・タレカニ
/サイード・クトゥーブの思想
/パキスタンの思想家マウドゥディ
/「穏やかなイスラム主義者」ムハンマド・イクバル
/性道徳は「公」の問題
/「ベール」というバロメーター
/「守られた宝石」という女性観
/サウジアラビアの自縄自縛

終 章 思想の相互汚染
/シオニストのおとぎ話
/アラブ人も大歓迎?
/共に西洋原産だった両極端の思想
/バース主義と汎ゲルマン主義
/目をそむけるなかれ

日本語版へのあとがき
訳者あとがき
----------------------------------------------------------

0 件のコメント: